放課後居残りタイム

朝凪 凜

第1話

「それじゃあ、この逆上がりを次回までに全員出来るように」

 それはまるで死の宣告だった。

 苦手な科目は体育。最も苦手なものは鉄棒だ。他の体育は人並みには出来る。跳び箱だって出来るし、球技もそこそこだ。でもこれだけはいくらやっても上手くならない。体が拒否しているように思うように動かない。

 今日の体育で逆上がりが出来なかった人は私の他に一人だけ。

「放課後も練習して三日後までに出来るようにするように」

 そう言って終業のチャイムが鳴り、皆教室に戻っていく。

「どう? 来週までには出来そう?」

 そう声をかけてきたのは友達のひかりだ。心配そうに聞いてくる。もし逆の立場だったら出来るようになるまで手伝う。そういう仲だ。

「やってはみるけど、どうやったら出来るのか全然分からないなぁ」

「放課後手伝うからやってみよう」

 教室に戻りながらどうサポートするかの話を聞きながら憂鬱になる。これが無ければ、すぐにでも遊びに行きたかったのに。


 帰りの会が終わり、放課後になると校庭に出て「練習しよう!」と引っ張ってくる。手を牽かれながら渋々一緒に外に出て練習をする。

 光は補助を使ったり、手で支えてくれたりして手伝ってくれているのだけれど、自分がどうなっているのかまるで分からない。自転車乗れない人が、どうやって乗れているのか分からないのと同じ気持ちだと思う。

 一時間くらいやって疲れたこともあり、今日は終わりにする。

「明日と明後日は家の用事があって手伝えないんだけど、練習する?」

 光の家は文具店を経営していて、仕入れとか棚卸しとか手伝っているらしい。お店に行くと店番をしていたりもする。同い年なのにえらい違いだ。

「うん……、とりあえず頑張る」

 頑張りたくはないけれど、次までに出来なかったら出来るまで居残りになってしまうので、やるしかない。「こういうのが日本の教育の良くないところだ」と零す。ニュースでやっていたフレーズをいつの間にか憶えてしまったようだ。


 翌日、一人で練習するも身が入らず、なんの成果も前進もなかった。ただ寂しさだけがあった。

「明日も一人でやるのやだなぁ……」

 離れたところで、同じく出来なかった男の子が鉄棒の上に座っている。彼も運動が苦手というイメージはなく、むしろ活躍している方だったので驚いた。私と同じ苦手意識なのかなと眺めていた。ふと男の子がこちらの方を見たので、すぐに目を逸らしてしまった。


 さらに翌日。今日出来なければ、明日の体育で出来るまで居残りになってしまう。

 ため息交じりに練習をし始めたところで、声をかけられた。

「手伝おうか?」

 昨日の男の子だ。返事の代わりに問いかける。

「……。昨日も居たけど、練習?」

「うーん、まあ……そう…………かな……」

 歯切れの悪い返事だ。

「明日までに出来ないとお互い困るし、手伝うのは駄目かな」

「……分かった」

 男の子に練習をしているところを見られるのが恥ずかしかった。

「補助板からゆっくり上がってみて」

 そう言われてゆっくり廻る。脚を天に蹴り上げるというところで

「ストップ!」

 長い髪の毛が重力に逆らえずにだらりと地面に伸びている。

「その時の腕の位置を憶えて」

 補助板から片足離れて、腕を引き寄せたタイミングだ。

「その感じを補助板なしてやってみて」

 言われたとおりにやると意外とすんなり出来てしまった。

「昨日見てたんだけど、がむしゃらにやっていて、もしかしたらコツがうまく掴めていなかったのかなと思って」

「昨日もしかしてずっと見てたの?」

「まあ……うん」

 昨日やっぱり見ていたようだ。それを聞かされてさらに恥ずかしくなった。

「昨日言えば良かったんだけど、言うタイミングが見つからなくて……」


「あれ? アドバイス出来るってことは、逆上がりは出来るんだよね? この前出来なかったのは?」

「この前の体育の時は腕をひねってたから、それで力が入らなくて」

 ということはもしかして逆上がり出来なかったのは私一人だけなのでは。ということに気づいてしまい、恥ずかしさを通り越して虚しくなってしまった。

「そっか。まあでもありがと。これで居残りにならなくて済むわ」

「……俺は別にお前となら居残りしてもいいけどな」

 ギリギリ聞こえたその言葉に、聞こえなかったフリをした。


 当日。練習ではしっかりと出来ていたのだけど、先生の前では失敗して居残りになった。もう一人の男の子の方も、それを見て同じように居残りになった。

 男の子が先生の目を盗んで私にこっそり笑いかける。男の子の瞳に映る私がやけに喜んでいる様に見えた。


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放課後居残りタイム 朝凪 凜 @rin7n

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