ゼロから始めるストロ〇グゼロストロング生活

あかさや

第1話 発見

 スマートフォンで時刻を確認してみるともうすでに零時を回っていた。


 どうして自分はこんなことをやっているのだろう?

 毎日毎日終電まで働かされるブラック企業なんてさっさと辞めて転職したほうがいいのは理解しているのに。


 生活が不安なのだろうか?

 間違いなくあるだろう。なにしろ仕事がなくなれば収入だってなくなる。働いているのはブラック企業なので、バイトに毛が生えたような薄給だから、毎月の生活もカツカツだ。


 こんな生活をしていたら、身体を壊してしまうのはわかっている。

 だけど――なかなか決心ができない。

 転職サイトに登録はしたけれど、求人を眺めるばかりで未だに応募できていない。


 そのうえ、自分は長時間労働にもそこそこ耐えられてしまうようだ。

 だから、なかなか仕事が仕事が辞められない。

 毎日終電で帰りで、休日出勤も二週に一回はあるせいで、仕事を辞めなければ転職活動がそもそもできないのだ。


 なんとかして変わらないといけない。

 本当に――どうすればいいのだろうか?

 そんなとき――


 酒屋の看板が目に入った。


 個人の酒屋なんて珍しい。最近はめっきり見かけなくなってしまった。終電が終わった時間まで開いている店なんてとてもレアだ。たぶん、ソシャゲのSSRよりもレアだと思う。

 しかも――


『ここには、他に店には絶対にないお酒がたくさん置いてあります!』


 なんて電工看板が出ている。

 そのキャッチフレーズが気になって、俺は店に足を踏み入れた。


「いらっしゃい」

 店に入ると、奇妙な男が目に入った。年齢が判然としない男だった。この男が店主なのだろうか?


 店の中にはかなりの量の酒が置いてある。壜、缶、ボトル、パック、色々な種類の酒があった。

 ガラス扉の冷蔵ケースに近づいて、どんなものがあるのか見てみると――


「あれ?」

 なんか違う。

 そう、違うのだ。

 冷蔵ケースに入っている酒は、スーパーなどで見かけるものと思ったのだが、そのパッケージが微妙に異なる。

 なんだこの店。

 それを不審に思っていると――


「なにかお探し?」

 いつの間にか店主が近づいてきて、俺に話しかけていた。

 やっぱり近くで見ても年齢がよくわからない。若いようにも、自分の親父と同じくらいにも思える。


「えっと」

 話しかけられるとは思っていなかったので、俺は口ごもってしまった。

 五秒ほどもごもごしたところで――

「嫌なことを全部忘れられるようなやつってあります?」

 と店主に向かって言った。

 すると、店主は――


「もしかしてお客さん、こんな時間まで働いてたの?」

 なんてフランクな調子で訊いてくる。

 ええ、そうですと俺は言う。

「毎日、こんな時間まで働かされる会社なんてさっさと辞めたほうがいいよ。お客さん、今日がはじめてだし、サービスしてあげるから」

 と店主は言って、冷蔵ケースの扉を開け、ロング缶六本パックを取り出し、俺にそれを差し出した。


 六本パックには『ストロ〇グゼロストロング』と書かれている。パッケージもストロ〇グゼロそっくりである。レモン味。

「どうしたの? 結構評判いいんだけどなこれ」

 店主はとぼけた顔をしている。

 いや、そういうことではなくて、その――商標とかそういうの、大丈夫なの?

 でも、そう言いだせなくて、俺は「それ買います」と言った。


「それじゃ、さっきサービスするっていったし、五百円ね」

 五百円――ロング缶の六缶パックが五百円――だと? いくらなんでも安すぎる。 確か酒って原価を割って売るのは法律違反じゃなかったっけ?

 と思ったけれど、やっぱり言い出せず、俺は財布を取り出して五百円玉を店主に手渡した。


「まいど。またご利用をお願いします」

 店主は丁寧に言って、ストロ〇グゼロストロングの六缶パックをビニール袋に入れて手渡した。

 ありがとう、と言ってそれを受け取って、俺は店を出た。


 ――どうしよう。

 俺はとんでもないものを買ってしまったのではないか?

 そんな風に悩みながら歩いているうちに自宅のボロアパートに辿り着いた。

 鍵を開けて扉を開けて中に入る。

 手にあるのはストロ〇グゼロストロングの入ってビニール袋。

 ……せっかく買ったんだし、飲んじゃうか。安かったのは事実だし。

 俺はストロ〇グゼロストロングの六缶パックをビニール袋から取り出して、冷蔵庫に突っ込んだ。


 その前に、シャワーを浴びよう。

 どうせ飲むなら、そのほうがいい。ストロ〇グゼロストロングというくらいだから、嫌なことを忘れられるはずだし。

 俺は皺だらけのスーツを脱いで、風呂場へと向かった。

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