第22話

 三回戦ですべてがわかるから焦らず待っててとあおいは言った。

 それがどういう意味なのか今の俺にはわからない。

 だが志保はなにかを悟っていたようだった。


「みんなあああああああああ。ニューヨークへ行きたいかああああああああ?」


 三回戦進出を決めた参加者たちはグラウンドに集合がかけられた。

 そして本日二回目の司会者の掛け声。


「うおおおおおおおおおおお」


 参加者たち、ギャラリー一同が拳を振り上げる。

 これで準備は十分だった。


「さてえええええええええ。今回は十人残った三回戦んんんんん。ついにあと二戦で勝者が決まりますうううう」


 ドラム音が鳴る。


「今回はせっかくなので後ろから紹介するぞおおおおおおおおお」


 どういうわけかわからないがあれよあれよと言う間に俺と志保は壇上につれていかれる。


「エントリーナンバー10。蕪木・山谷ペア」


 ギャラリーからは野太い声援が送られる。主に志保に対してだが。

「蕪木さあああああああああああああん」

「志保ちゃああああああああああああん」

「愛してるううううううううううううう」

 何のアイドルかよというくらい熱い声援だった。

 普通こんな熱烈な歓迎を受けたら引くと思うが、彼女は嫌な顔をせずクールに流している。

 長い髪を耳にかけて流し目を向ける。

 するとさらに観衆はヒートアップする。

「蕪木さあああああああああああああん。絶対勝てよおおおおおおおおおおおお」

「横にいる山谷渚ああああああああああ。失敗したら許さないからなああああああ」

 若干恐ろしいことを言われているが気にしたら負けだ。

 それにしても。

「お前ってこんな人気あったんだな」

 俺が感心していると志保はやれやれと肩をすくめる。

「人気というより物珍しいだけでしょ」

「いやそれは違うと思うぞ」

 こうしてこそこそ二人だけでやり取りをしていると。

「ヒュウゥ校内公認カップル。お熱いねえええええええ」

 司会者がいじりにくる。

「まあそれはそれとして意気込みを」

 今日何回やったかわからない挨拶をすることになる。

「あと二回の戦いで優勝を勝ち取ってくるわ」

「右に同じく」

 前回余計なことをいって彼女に叩かれたのを思い出す。

 これはこれで怒られそうだったが。


 そして案の定志保は馬賀にしたような目付きで俺をにらむ。


「もうちょっとましな言い方はないの? 私が恥ずかしいじゃない」


 他に恥ずかしがるところがあるだろと思うが学園の人気者には下手なことは言えない。

 いやいつも好き放題言ってるんだけど今日は全校生徒を相手にしているしね。


「まあまあ犬も食わない夫婦喧嘩はさておき次の参加者の紹介をするぞおおおおお」


 そしてマッチョ二人組が甲子園の開会式みたいに壇上に上がり、手をあげる。


「俺たちは優勝目指すのみ。前回温存していたブレーンもフル活用するからな」

「今回は敵を制して勝利を目指します」


「いやああああああああ。頼もしいねえええええええええ。さすが筋力と知力には自身のあるペアだああああああああああああ」


 他にも二年生女子ペアや知的な男女ペアが壇上に上がり司会者に話を振られる。


 俺たち二人は壇上に降りて日陰に隠れていたのでちょっとばかし話ができる。


「なあなあ。俺たちの紹介は終わったけど他のブロックの連中の紹介はこれからだよな」

「そうね。心配しなくてもすぐに紹介されるわ」


 それはあおいと生徒会長のペアの相手がわかるということか。

 ずっと秘密にされてきたんだ。

 時間になればわかるというのに俺は妙にそわそわしていた。


「厳しい戦いになるってお前は言っていたけどどういうことなんだ」

「今のあんたには説明しないわ」


 余計なこと考えそうだからと呟く。


 その間にもドラムロールが鳴り響き続々と新たな参加者が壇上で挨拶を済ませていく。参加者は全部で十組。半分が終わりギャラリーもおとなしくなっていた。


 まあずっと騒いでるのも体力がいるからな。


 しかしあおいも生徒会長もなかなか現れない。


 もしかして棄権するとかそういうことなのか。

 それは確かに驚くが。


「次は一年生ルーキーの山瀬・伊藤ペアだあああああああ」


 心配していると後輩二人の紹介が始まる。


「うおおおおおおおおおおおお。ロリにロリを重ねた国宝じゃああああああああ」

「全く幼女とは……(以下略)」


 ちょっと理解したくない歓声が耳に入ってくる。


「なんかあいつらも人気が上がって苦労しそうだな」

「人の心配するのはいいけどあんたもしゃんとしなさい」


 案の定志保に背中をぶっ叩かれる。

 俺は猫背なので背筋がピンと伸びてくれると期待したのだが逆にいたくて前屈みになる。


「ちょっとあんた……」

「し、仕方ないだろ」


 後輩二人の紹介も終わり俺はホッと一息ついて参加者を観察する。

 あれ?おかしい。全部で十組いるはずなのに一組だけ姿を見せていない。


 つまり全部で九組なのだ。


 そして俺のよく知ってるあいつの姿もなかった。


 残り三ペアになっても二ペアになってもあおいと生徒会長の名が呼ばれることはなかった。


 だんだん嫌な予感がする。


 予想してはいなかった何かが起こる。そんな予感がするのだ。


 俺の不安をよそに司会者はいよいよ最後となった一組の紹介を始める。


 急にステージがライトアップされドラムロールの音が大きくなる。

 これから何が始まるのか。


「お待たせしましたあああああああああああ。皆さん最後の一組に盛大な拍手をおおおおおおおおおおおお」


 その一言にギャラリーが沸き立つ。

 これから何が起こるのか誰もわかっていないのだ。


 期待に満ちた眼差しで観衆はその時が来るのを待つ。


 そして。


「エントリーナンバーワン。沢村・柊ペアだあああああああああ」


 なんだって。沢村と柊って今言ったか。


 その言葉に周囲がざわつく。

 当然だ。だってそれは生徒会長とあおいのペアだったからだ。


「やあ諸君、前座お疲れさま。ギャラリーのみんなもこの沢村栄治の登場を待ちかねていたことだろうっ」


 生徒会長は前髪をさっとかきあげて斜め四十五度を向く。

 黙っていれば美形なのにその自己愛の強い行動に周囲からげんなりとした空気が漂う。


「これからはこの沢村栄治のショーが始まる。みんなしかと見届けるようにっ。この有能で知的で美しい僕に酔いしれること間違いないっ」


 今度はギャラリーにむかってウインクをする。

 なんともキザな男だ。


 ってそんなことより。どうして生徒会長の隣にあおいの姿があるんだ。


「やっほー。みんなあ。それに参加している徒然部のみんな元気してるう?」


 彼女は彼女でいつものマイペースぶりを発揮していかにも適当な挨拶をしている。


「ボクが生徒会長と組んでいる理由? そんなの面白いからに決まってるじゃない」


 校内の生徒全員が気になっていたことに答えてくれるが今はそんなことどうだっていい。


 俺は壇上にかけ上る。


「おっとおおおおおおおお。乱入者の登場だああああああ。これは面白くなったぞおおおおおおお」


 司会者が完全に煽っている。


「ちょっと待てよ。あおい。俺たちに黙って生徒会長と組むってどういう話だよ。もしかして脅されているのか?それだったら俺たちに相談して……n」


「ごめんねえ。ボク君たちには言えないことがいっぱいだから」


 少しだけ申し訳なさそうな顔をするがそのままいつもの飄々とした態度に戻る。


「ボクが勝ったら生徒会長がごほうびをくれるって言うからさあ。まあ楽しもうよお」


「……あおい」


 それ以上はなにも言えなかった。そして俺は運営をしている副会長に引きずられて元いた場所まで下ろされる。


「気持ちはわかりますが今は試合直前ですよ。僕も生徒会長に言いたいことはやまほどありますから……」


 小声でそういわれる。


「柊さんにもなにか事情があるのでは?」


 事情ってどんな事情だよ。

 話してくれなきゃわからないだろう。


 俺は震えていた。


 でも。


「あんたこれから本番なんだから落ち着きなさい」


 志保が俺の腕をつかむ。


「志保。お前知っていて」


「予想はしていたわ。確証はなかったけど」


 給水室でのやりとり。つまりはそういうことだったのか。


「俺だけがなにも知らなかったんだな」


「違うわよ。あんたに話したら絶対気にするでしょう」


 当然だ。俺たちは友人なのだから。

 そして何より徒然部の仲間だから。


「今はクイズに集中しなさい」

「……わかったよ」


 本当はあおいのことで頭が一杯だったがそれを表に出すのは子供過ぎてしなかった。


「さてえええええええ。これからは知力、体力、時の運すべてが必要となるクイズの時間だぞおおおおおおおおおおお」


 司会者の言葉をどこか遠くに感じながら俺は呆然としていた。


 このままクイズに参加して優勝できるのか。


 事態は暗礁に乗り上げるのだった。




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