日は過ぎていく。


夜も繰り返される。


私は全身を押し潰す夜の重みと長さに耐えられそうもなく、今日も助けを求める。


博斗の手を慎重に探り当て握り締める。


気のせいか、握り返してくる博斗の力が少し弱いように感じる。

私の気が弱くなっているゆえの錯覚か、それとも、昼間の前進で博斗も疲労しているのか。


博斗が疲れていないはずはない。

博斗は、私のように訓練を受けて育った身ではないし、博斗からムーの力はすでに失われている。


完全に生身の、ごく当たり前の人間になった博斗に、熱暑の密林を切り開きながらの行程が過酷なものでないはずはない。


だが博斗は、不平こそしきりに口にするが、まだ疲労を口にしたことはない。

おそるべき強靱な意志だ。


私は人間の強さというものについて、また博斗から学んでいる。


私は、博斗から数え切れぬ多くのことを学んだ。

だが博斗は、私からなにか学んだのだろうか。

私は、博斗から与えられるばかりで博斗になにか与えただろうか。


しかし、戦士でなくなった私が博斗に与えられるものなど、なにがあるというのだろうか。

一つだけ心当たりはないでもないが、しかし、博斗はおそらくそれを拒むだろう。そういう男だ。


こうして博斗に支えられて夜を過ごすのは、もう何日目になるのだろうか。

数えてもわからない回数になりつつある。


夜が来るたびに博斗に甘えている自分に気付く。

甘えがよくないことだとわかってはいても、博斗がそこにいるという安心感がなにより私の心を慰め、落ち着かせてくれる以上、私はまだしばらくは博斗に甘え続けるしかないのかもしれない。

そんな弱い自分は情けなかった。


いつの間に私はこんな弱い人間になってしまったのだろう。

だが、弱い自分でいることはなんだか楽で、このままずっと弱い自分でいてもよいと考えてしまうときさえある。


自分が弱い人間であっても、博斗が助けてくれ、守ってくれ、私の心をかき乱すあまたの疑問に答え支えてくれるのならば、それでもいいのではないか、と思ってしまう。

だが、そう考えてしまう自分は嫌だった。


ぼんやりと虚ろな面持ちでそんな考えごとをしていた。

片手はしっかりと博斗の片手を握っていた。


「なあ、シータ?」

博斗がぽつんと言った。

まったくいつもの口調で不意に言った。


その問い方があまりにも唐突で何気なかったので、とっさに返事をすることが出来なかった。

博斗が私に声をかけたのだということにすら気付かなかった。


いまのいままで何日も無言だった博斗が、いまになってなぜいきなり問いかけてきたのだろうか。


私は、自分でも理解できない反応をしてしまった。

博斗が私を呼んでいるということに考えがまわっても、なにもしなかった。

博斗に返事をすることも、博斗の手を握る力を強めることも、なにも出来なかった。


「あれ、シータ? 寝ちゃったのか?」

博斗が言った。そしてため息をついた。

「ふう。んならしょうがない。寝るか」


博斗は、それっきりその晩は声をかけてこなかった。

ほんとうに眠ってしまったようだった。


私はといえば、なぜか手が震えてしょうがなかった。

その震えを博斗に気付かれて彼が眼を覚ますようなことがないよう、抑えるのに必死だった。


なぜ震えているのか、自分でもまったくわからなかった。

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