「やめろっっっっっっ!」

激昂した博斗は、グラムドリングを取り出した。グラムドリングが、鮮やかな白の炎を吹き上げる。


雄叫びを上げながら、博斗は両手でグラムドリングを振り下ろした。

博斗の一刀が、障壁を薄い紙のようにやすやすと切り裂き、消滅せしめた。


はぁはぁと荒く息をつき、驚きに声をなくしてこっちを見ているシータに歩み寄ると、その腰をぐいと抱き寄せた。


「来いっ!」

「離せっ! なぜ! なぜ私を助ける? お前も死ぬぞ?」


「ずいぶん遠い昔に、それと同じことを聞かれたことがある。俺がまだオシリスで、ひかりさんがまだイシスだった頃の話だ。イシスが、いまのお前とそっくり同じことを俺に言った」


シータの抵抗が止まった。


「ひかりさんは一人で充分だ。大切な人が死ぬのを見て自分だけ生きるなんてのは、俺にはよっぽどそのほうがつらい」


「馬鹿だな、お前は」

シータは泣き笑いのような表情を見せた。


「ああ、馬鹿だな」

博斗はむっつり答えると、卵型のカプセルの前に立った。

よく見ると、スイッチのような四角い穴がある。それを押すと、音もなく静かに、カプセルのドアが開いた。


「人間ってのは、ときどき説明がつかないぐらい馬鹿なことをしたがる」

博斗は、シータを先に中に押しこんだ。

「それが人間ってもんだ」


「ちょっ…このカプセルは一人乗りだって…!」

シータが、稲穂だったときのように、見ていていじらしいほど動揺した。

「大丈夫だよ。お前、けっこう痩せてるみたいだし。俺も、そんな太ってるほうじゃないし」

「そ、そういうことではなくて…あ!」


博斗は、体をシータに密着させてカプセルに体を押しこむと、後ろ手にドアを閉めた。

五センチも離れていないところにある、人形のように繊細なシータの顔にどきまぎし、照れ隠しに歯を見せた。


シータは博斗の胸に顔をうずめた。

「お前は…いいやつだな」


博斗は、狭くて不自由なためもあって、腕を回して、シータを包んだ。

「そう思わせるのが男の常套手段だ。覚えといたほうがいいぞ」

「大丈夫だ。私はお前しか見ない」

「宮殿が自爆するって言われたときより、怖いことを言われたな」

「…どういう意味だ?」


震動がカプセルのなかにまで伝わってくる。

いっそう激しくなってきた。


これ幸いと博斗は話を逸らす。

「…な、なあ、ほんとうにこのカプセルで助かるんだろうなあ?」

「知らん。少なくとも一万年前は正常に動作した」

「あ、そ」


「おまけに二人も乗っているからな。はたして、無事に脱出できるかどうか、しれたものではない」

「そのときは、そのときだ。俺と一緒ならお前も天国にいけるぞ」


ふふ、とシータは笑った。

やっぱり、笑うとシータはとてもきれいだと博斗は思った。


「思えばずっとお前に振り回されていた」

シータが呟いた。


「そうか?」

「ああ。そうだ。けれど…」

「けれど、なに?」


外の震動がひどくなってきた。

「…そういうお前を、私もひかりも、愛してしまった」


「え、なに? 騒音がひどくてよく聞こえなかったぞ」

「…くす」


動力炉が爆発した。

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