9
ひかりは困憊していた。
マヌの圧力を阻止しているだけだというのに、いったい身体からすでにどれだけの汗が流れていったのかがわからない。
博斗とシータの戦いがどうなっているのかもよくわからない。
音も、見るものも、すべてを断ち、マヌの注いでくるこの圧力そのものとその送り主にしか意識が出来なかった。
そうしてから、いったいどれほどの時間が過ぎたのだろうか。
思考さえ麻痺したかというそのとき、唐突に、マヌから送られていた底知れぬ圧力が消えた。
カン、カンとマヌの足元近くに黒い仮面が転がって来たのが見えた。
「…もうおしまいか」
マヌはひかりを一瞥すると、気にもせずに背を向け、コツコツ歩き始めた。
そのサンダルが、途中で黒い仮面を踏み付けた。
足の裏の感触からして、踏みつけたことに気付かないはずはないのに、マヌは気にした様子もなく進み、背中を押さえて起き上がった博斗の正面に立った。
ようやく立ち上がったばかりの博斗は、マヌが自分に手を向けたことにも気付いておらず、まるで防御の構えをとっていなかった。
マヌが手から白い光を―皮肉な事に博斗のグラムドリングとよく似ていて、ただし比較にならないほど大きい―放った。
ぼんやりと博斗の頭が上がった。
身体全体で、マヌの送り出したエネルギーの直撃を浴びた博斗の身体は、ふわっと宙に浮いてそのまま背後の壁に叩き付けられた。
息だか声だかわからないものが博斗の口から出た音が、ひかりの耳にはいやにはっきりと聞こえた。
倒れてから博斗はゲホゲホと咳き込み、血を吐いた。
それでもまだ手を動かして、匍匐前進の失敗みたいな格好でなんとか動き始めた。
マヌはいったん玉座に戻ると、その傍らにたてかけてあった、身の丈ほどもある矛を手に取った。
持ち手の辺りに、輪っかかなにかのようなものが巻き付けられていて、マヌが矛を振ると、それがシャクシャクと、なにかを告げるが如き音を響かせた。
「オシリス…立つのだ」
博斗が、のろのろと立ち上がった。
マヌがふたたび博斗に向かって歩き始めた。
ひかりは、博斗のグラムドリングが、離れたところに、柄だけになって転がっている事に気付いた。
黒い甲冑のシータが、仮面を外されたきれいな顔をこちらに向けて横たわっているその右手のすぐそばにある。
「私が自ら処刑をしてやるだけでも有り難いと思え」
マヌが、博斗に一歩ずつ近づく。
「申し開きの時間を与えてやってもよい。…言うことはあるか?」
シャク、シャク。
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