第五十一話「紙上最大の侵略(後編)」 マヌ総帥登場

第五十一話「紙上最大の侵略(後編)」 1

燕は、ピラコチャの巨大な上半身を小さな身体でベアハッグに抱え、持ち上げた。


だがピラコチャは、ちょうどそれを待っていたといいだけな笑みを浮かべ、両腕をのばして、燕の首を絞め上げる。

ピラコチャは、燕の首を持ったままその身体をぽいと放り投げた。


燕はぼろきれのように地面に打ち捨てられ、激しく咳きこみながら地面の上でもんどりうって悶えた。


遥は、燕に駆け寄った。

「燕、燕?」


燕の身体から青い輝きが消滅し、燕は激しく咳込んだ。


遥は、逆にそれが燕が負傷はしているが無事な証拠だと感じ、ややほっとした。


とはいえ、戦況が好転したというわけではない。

ふと見渡すと、あっちでは由布が、こっちでは桜が、やっと身体を起こしたところだったが、立ち上がれそうな気配はない。


翠は?


翠が、遥に向かってなにかを投げつけた。


ぱさっ。


遥の身体に、それが当たった。


腕章だ。


翠は、腕章を投げたときの、手を前に出した姿勢のままで、つらさをこらえるように笑いかけた。

「まともに動けるのは、遥さんだけですから…お使いになって」


「使うって…どうやって?」


ぱさ。

ふぁさ。


遥の足元に別の腕章が投げ込まれた。

黒と緑と。


顔を上げて見れば、お互いに肩を貸しあって立っている由布と桜がいた。


唐突に、腕章が語りかけてきたとも思える思念の奔流が訪れた。


遥が理解できる言語で紡がれたものではなかったが、遥は言語中枢よりさらに奥深い部分でそれを、聞き取った。


自分たちが成すべきことは、マヌを討つこと。

だがそれは「あたし達」がマヌを倒すということを直接意味しているわけではなくて、マヌを討つという結果を導くこと。

マヌを直接討つという重い使命は、いまや自分達の手を離れ博斗達の手に委ねられた。


視界の隅に、くるりと向きを変えた赤銅のピラコチャの姿が入った。

ピラコチャは、両手を地面について、地面をそのたびにずしずし揺らしつつやってくる。


もし自分が敗れれば、この不死に近い生命力をもつピラコチャは、必ずムーに帰還しマヌと結託して、博斗達を絶望に追いやるだろう。


それだけはさせるわけにはいかない。

すべてを捨ててでも、そうそれこそ腕章を捨ててでも、ピラコチャを阻止しなければならない。


遥は、燕の左肩からそっと青い腕章を抜き取った。

「借りるね、燕。たぶん、返せないと思う、ごめん」

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