「…さんっ?」


呼ばれた博斗は、空白から引き戻された。

唐突に感覚が収縮し、慣れたものに戻ってきた。


博斗は、どこも見つめていない瞳を、ひかりに向けた。

「ひかりさん…。俺は、どうしていました?」


「…なにも。ほんの少し目を閉じていた、それだけです」

「そうか」


博斗は、舌を出して唇を湿らせた。

「宮殿に近づくたびに、こんな混沌とした情報雪崩が起きるのかな?」


「大丈夫…だと思います。御自身の自我さえしっかりと保っていれば。もともと、博斗さんがもっているものなのですから」


「磁石のようなものかもしれない。近づけば近づくほど、力が増す。勢いが増す。止めることが出来なくなる。ひかりさん、あなたは、はじめから、ずっと、知っていたんだ。一気にこの渦のなかに俺を放り込むと、『瀬谷博斗』が『オシリス』を拒むかもしれない、『瀬谷博斗』が『オシリス』を拒絶するかもしれない、だから…段階を踏ませて、少しずつ、すべて計算づくで、俺に、力を解かせていった。あくまで俺自身が、自発で行動するように」


「…私が博斗さんに直接関与しようと計算したのは、グラムドリングだけですよ? それ以外は、すべてが、動くまま。私は歯車の一つとして動いただけ。どだい人間に、如何ほどのことがわかると言うのでしょうか? 確かにことのほとんどは、大きな方向性としては、私が目論んだように、進みました。私の念願が果たされるときも、近いはずです。しかし…細部は、まるで私が思い描いていたようなものとは、異なっていました」


ひかりは、そこまで淡々と一息に告白すると、言葉を切り、うって変わってやや明るい口調で、草陰に隠れているおかしな形の岩を指差して言った。

「さあ、行きましょう。立ち話をしている余裕は、ありません。もしこれ以上伝えることがあるとすれば、歩きながら」


「…わかった」

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