8
ピラコチャは斧を胸の前に構えると、ゆっくりと、深い呼吸を開始した。
しゅうぅぅぅぅ、しゅうぅぅぅぅ。それは人間の呼吸音ではなく、爬虫類、あるいは、そもそも生物ではないなにか、ボイラーから蒸気が噴き出しているような、機械らしい音。
「ピラコチャも、本格的に始動したみたいです!」
「その前に、手痛い一撃をお見舞いしてやるのよっ!」
遥は両手を前面に突き出した。
「スクールウェーブ、バンド!」
遥の両腕から、飴のような炎が吹いた。
炎は球状の先頭部から尾を引いて伸びていく。
同じように腕を突き出した四人の手からもまた同じ形の炎の彗星が伸びていき、五本の炎が、輪になってピラコチャの胴体に上から順に絡み付いていく。
「ガァッ! 鬱陶しいッ!」
その身体に五本の輪がしっかりと収まり、封じた。
両肩から足首まで、そのままバランスを失って倒れるという以外のピラコチャの動きを完全に抑えこんでしまった。
「ウオガアァァァァ! 小娘どもがァアア、引き千切ってくれる!」
ピラコチャは動きをやめると、低く低く地面を伝うような唸り声を上げ始めた。
ただでさえ醜く膨張しているその体躯の表面に、ぼこっと蔦状の血管が浮き上がり、色もさらに赤黒く染まり始めた。
「破られないうちに、早くしなすって!」
翠が、手中に燃え盛るボールを取り出すと、その場から動かずにボールをスティックのネットに収め、横薙ぎに放り出した。
「任せてっ!」
グリーンがボールを自分のスティックで受け、回転の勢いを殺さずに方向を変える。
ピラコチャが咆哮した。
スクールウェーブのバンドは膨張したがまだ持続している。
しかし、ピラコチャの周囲の空間が潰れ始めた。
地面が垂直に陥没した。
街路樹が悲鳴を上げて裂きチーズのようにいとも簡単に引き裂かれ、バリバリと地面に倒れた。
「遥さんっ!」
由布が空に放ったボールに、遥が、スティックを構えて飛び込む。
「次もスタンバっておいてっ!」
遥は後ろにそう言い捨てると、自らのかざしたスティックで、ボールをとらえ、遠心力に任せて射出した。
ボールは赤熱し、拳大から、バレーボール大へ次第に膨れ上がっていく。
火の玉となったボールは、まだバンドと格闘しているピラコチャに炸裂した。
景色がかすみ、炎で歪んだが、その中心で、まだ、ピラコチャの巨体の影が蠢いている。
「次!」
遥は脚を開いて着地するや否や、スティックをバトン代わりに両手で回転させ、逆向きに持った。
遥の後ろでも、四人が、ほんのワンテンポ正確にずれたタイミングで同じように自分のスティックを振って逆さに持つ。
それは、乱れなく呼吸のぴったりと合った演舞であった。
遥がスティックを頭上で旋回させると、後ろの四人もコンマ何秒か遅れて正確にその動きをなぞる。
スティックが、ぴたりと止まり、ゆらめくピラコチャを指した。
その先端は変形し、鋭利な先端を持った旗竿のそれになっていた。
たんっと、軽くステップを踏むと、五人は、一気に右足を踏みこんだ。
かけ声とともに、並んで勢いよく旗竿を送り出す。
空気を切り裂き五本の旗竿が耳をつんざく音をさせながら、ピラコチャの影に突き刺さり、閃光と振動が視界を奪い、あたりを太陽のなかにいるような明るさに導いた。
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