11

遥は絶句した。

この人、あたしの考えをよんだ?


「僕の存在証明というんでしょうか? 僕が、僕としているためには、どうしても白いツチノコをとらえなければなりません。いまの僕には、それが至上命題です」


「それは、なんとなくわかってるわよ。だから、あたしが聞きたいのは、どうして蛇一匹探すぐらいのことに、そんな一生懸命なのかってことよ?」


「はあ。どうしてと言われても困るんです。だって、同じことを僕に聞かれたら、遥さんならなんて答えます?」


予想だにしていなかった質問をぶつけられて、遥は面食らった。

「あたしなら、って…?」


「遥さんだって、僕から見ればすごく一生懸命にツチノコを探してるように見えますよ。それはどうしてなのかなって?」


「そ、それは…」

遥は足を止めて考えこんだ。

どうしてなんだろう。

相手がムーの怪人だから、というわけではないのだと思う。


たぶん、自分の力で成し遂げようと思っているから。

誰かの助けを借りずに、あたし自身の力でこの事件をなんとかしたいという気負い。


じゃあ、どうしてそんなに気負うの?

それは、あたしがあたしであると主張したいから。


あたしからリーダーをとったらなにが残る? あたしから妹をとったらなにが残る? なにがある、あたしには?

それが知りたい。


スクールレッドである中津川遥は、素敵だと思う。

でも、それがあたしなんだろうか。

もっとなにかをつかむことは出来ないんだろうか。

あたしがあたしであるために。


急に肩に手を置かれた。

隼の手だ。


「遥さん。遥さんは、自分で思っているよりもずっと繊細な心を持っている。人間というのは、他の人にないものを持っていることが魅力になるとは限らないんですよ。人間は探求できる生き物です。探し求める姿そのものこそ、とてもすばらしい。僕は人間のことをそう思うんです。遥さんには向上心がある。常にいまの自分でよしとせずに、さらに上を、高みを目指そうとする意志がある。それはすばらしいことだと思います」


遥は、目をしばたたいて隼を見た。


隼は含んだような笑いを浮かべて、すぐに向こうを向いてしまった。


さっぱり素性はつかめないし、まるで人の心をよんでいるような振る舞いはするし、明らかに隼という男はなにか常人ではないように思うのだが、それでも遥は、隼に危険を感じなかった。


隼は、危険、敵意、そういったものとは別のところに存在していて、遥たちとはほんらい住む世界が違う人間のようにさえ思える。


この人は、大きい。

博斗先生とはまた違うタイプの包容力がある人だ。

この人は、いったい…。


遥は考えるのをやめた。

お客さんらしい。


山側からざわざわと騒々しい音を立ててなにかが猛烈な勢いで滑り降りてきている。

怪人のものらしい気配が一気に濃厚になり、辺りを覆った。


「危ない!」

遥は隼の手―相変わらず温かさがない―をぐいとつかんで引っ張った。


隼のいたあたりに、白い塊が雪崩のように転がり落ちると、そこでゆるゆる姿を変え、頭と尾を明らかにした。


白い扁平な頭部の左右に、赤い、サクランボのような二つの眼がついて遥達を睨んでいる。

胴体は太い。まるでドラム缶だ。

対照的に尾は小さく短い。

体長は、明らかに隼よりも大きいことからして、少なくとも三メートルはある。


だが隼は、遥の手をほどいて躊躇なく進み出た。

「出ましたね。あなたが何者でなにが目的かは知りませんが、この山でうろうろされるのは困るんですよ。せっかくお参りに来てくれる人たちに申し訳がたちません」


「ちょっと…隼さん、危ないって…」


ぐわっと大蛇の口が開いた。

バナナほどもある大きな二本の牙が光り、先端から透明な液体が、妙に緩慢な動きでしたたった。


大蛇は、隼の左肩の鎖骨のあたりに、がっきとその牙を突き立てた。

噛みついてから、ぶるっと大蛇が身を震わせると、隼のひょろっとした頼りない体は、放り出された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る