7
翌日の夕方。
三時四十五分から、由布は河原で初雁を待っていた。博斗も茂みの裏で待っていた。
しかし、四時を過ぎても初雁は姿を現さなかった。
しゃがんでいた博斗は、そろそろ足が痛くなってきた。
「初雁はまだか?」
由布は、退屈そうな素振りも見せず、ずっとまっすぐに立っている。
四時半をまわった。
「遅い! 初雁はまだか!」
博斗はイライラと叫んだ。
だが、由布が泰然としてまったく動く様子がないので、そのまま待つことにした。
ついに五時になった。
沈み始めた夕陽が川面に反射してきらきらとしている。
もう辛抱できないと、博斗が茂みから出ようとしたとき、土手の上から陽気な声がした。
「待たせたな!」
博斗はあきれた。なんて格好だ。しっかりと防具で身を固めて、面までつけている。そんな格好でよくここまで来たもんだ。
「待たせたなんてもんじゃないぞ、罰金もんだ」
博斗は茂みから顔を出してぶつぶつと怒鳴った。
「まあ、いいじゃないですか」
博斗をなだめるように由布が言った。
由布は表情を少しも崩していない。
初雁が、ずざざと草の上を滑って降りて来た。
「あうっ!」
着地に失敗して横向きに転んだが、防具をつけた体にたいしたダメージはなかったらしく、すぐに立ち上がった。
「おのれ、よくもやったな!」
一人で転んだんじゃないか。博斗は思ったが、口に出すのはやめた。
昨日から変な奴だと思っていたが、今日はますますお間抜け君だ。
「今日は、防具付きですか?」
「そのとおり。ボクだけ。面、胴、小手のどこかに当たらん限り、ボクは一本を認めへん。この鉄壁の防御を、かいくぐれるかな? 名づけて大防具作戦」
由布にそういう小技は通用しないと思うぞ。博斗は、自分の経験からそう思った。
「ふふ、ははは。しかも、しかもや! かれこれ一時間待たされて、いまごろ自分、血管ブチブチ切れかかってるやろ? そんな乱れた心でまともな剣は振れん! 名づけて巌流島作戦もセットで二倍お得や! いまなら二万九千九百九十九円ポッキリ。分割払いは月々三千円からだがや!」
なにを言ってるんだこいつは。
昨日の好青年らしさがどんどん崩れていくな。
「では、はじめましょう」
由布はにこりともせずに言った。
「う…」
初雁は躊躇した。
「ど、動揺してない。な、なんで?」
相手が俺だったらよかったんだろうけどなあ。いまのうちに初雁君に合掌しておこう。
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