翌日の夕方。


三時四十五分から、由布は河原で初雁を待っていた。博斗も茂みの裏で待っていた。


しかし、四時を過ぎても初雁は姿を現さなかった。

しゃがんでいた博斗は、そろそろ足が痛くなってきた。

「初雁はまだか?」


由布は、退屈そうな素振りも見せず、ずっとまっすぐに立っている。


四時半をまわった。


「遅い! 初雁はまだか!」

博斗はイライラと叫んだ。

だが、由布が泰然としてまったく動く様子がないので、そのまま待つことにした。


ついに五時になった。

沈み始めた夕陽が川面に反射してきらきらとしている。


もう辛抱できないと、博斗が茂みから出ようとしたとき、土手の上から陽気な声がした。

「待たせたな!」


博斗はあきれた。なんて格好だ。しっかりと防具で身を固めて、面までつけている。そんな格好でよくここまで来たもんだ。


「待たせたなんてもんじゃないぞ、罰金もんだ」

博斗は茂みから顔を出してぶつぶつと怒鳴った。


「まあ、いいじゃないですか」

博斗をなだめるように由布が言った。

由布は表情を少しも崩していない。


初雁が、ずざざと草の上を滑って降りて来た。

「あうっ!」

着地に失敗して横向きに転んだが、防具をつけた体にたいしたダメージはなかったらしく、すぐに立ち上がった。

「おのれ、よくもやったな!」


一人で転んだんじゃないか。博斗は思ったが、口に出すのはやめた。

昨日から変な奴だと思っていたが、今日はますますお間抜け君だ。


「今日は、防具付きですか?」

「そのとおり。ボクだけ。面、胴、小手のどこかに当たらん限り、ボクは一本を認めへん。この鉄壁の防御を、かいくぐれるかな? 名づけて大防具作戦」


由布にそういう小技は通用しないと思うぞ。博斗は、自分の経験からそう思った。


「ふふ、ははは。しかも、しかもや! かれこれ一時間待たされて、いまごろ自分、血管ブチブチ切れかかってるやろ? そんな乱れた心でまともな剣は振れん! 名づけて巌流島作戦もセットで二倍お得や! いまなら二万九千九百九十九円ポッキリ。分割払いは月々三千円からだがや!」


なにを言ってるんだこいつは。

昨日の好青年らしさがどんどん崩れていくな。


「では、はじめましょう」

由布はにこりともせずに言った。


「う…」

初雁は躊躇した。

「ど、動揺してない。な、なんで?」


相手が俺だったらよかったんだろうけどなあ。いまのうちに初雁君に合掌しておこう。

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