それから三十分ほどして、博斗と由布は夕暮れの校門に立っていた。


由布が、校門からものの百歩かそこらのところにあるバス停に行くまで、博斗はくっついていった。


「家はどうなんだ、最近?」

「あまり変わっていません。でも、わたしの考え方が変わってきましたから、前とは少しずつ変わっている気がします」


「そうか。…体は? まだなにか思い出したりすることは?」


由布は胸に手を当てて、博斗を見上げた。

「あまりなくなってきました。気は、とても楽です。時間が経つほど、そうなっています」


「そうか。じゃあ、あとは、ちゃんと由布のことを大事にしてくれる奴を見つけることだな」

「え?」


「しっかりと由布の傷も受け入れて包んでくれるような男さ。そういう男に愛されると、過去なんかどうでもいいってことになるんじゃないのかな?」


由布は、顔を伏せた。


きっと由布にはいい男が見つかるさ。見つかってほしい。博斗は心からそう思った。


二人は、バス停に着いた。


バス停の横のガードレールに、青年が座っている。膝を立て、その膝に腕を乗せて、じっとこっちを見ている。

由布は立ち止まった。

既視感が襲ってきた。あのときと同じような光景だ。


青年は、さっぱりと刈りこまれた髪に、なんとも憎めない童顔をしている。

背は、お世辞にも高いとは言えない。由布と同じぐらいか。服装は黒い学制服の上下。


なにより博斗の目をひいたのは、青年の足元に置かれている、大きな黒い革袋だった。

あれは防具を入れる袋じゃないのか?

それを証明するように、革袋の口を結わえてある紐には、竹刀袋が結び付けてある。


由布が博斗に身をぴったりと寄せてきた。父親にすがる娘のように。


博斗は直感した。

こいつは由布を待っていたんだ。

それも、あまりいい目的ではないように見える。

そうでなければ、由布が、こんな反応をすると思うか?


青年は夕陽をバックにしっかりと踏ん張っていた。


「あなたは、誰ですか?」

由布が、震える声で、だがはっきりと尋ねた。


「自分はボクのことを知らへんかもしれんけど、ボクは自分を知っとるんや。烏丸、由布」


「わたしの名前を…!」


「探したで、長いこと。ボクは、沼宮内初雁」


「うまくないジャワカリー?」

博斗は聞き返した。


「ぬまくないはつかり!」

初雁はぷりぷりと言い返した。


なんだ、けっこう扱いやすそうな奴だな。


「わたしになにか御用ですか」

「うん。あんたに果たし合いを申しこみたい」

「果たし合い?」


「そうだすけ」

初雁は親指で自分を指差した。

「ボクは御堂流最後の継承者だ。最後の継承者として、烏丸流を名乗る自分、許すわけにはいかんのじゃ」


初雁は、びしっと由布を指差した。

「御堂の流派を断った憎き女め! 許さん!」

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