2
博斗は、ポケットに手を突っこんで口笛を吹きながら格技場に向かった。
道場の独特のにおいが流れてくる。
少し首を縮めるようにして敷居をくぐり、なかに入ると、「やめーーーーっ」という声がかかり、騒々しかった道場が、嘘のように静寂した。
静かだ。
外を車が走りぬけていく音や、風が木の葉を揺らして行く音が、いやにはっきりと聞こえる。
それから急に騒がしくなり、道場から、道着を着た生徒達が出てきた。
友人と談笑しながら由布が姿を現した。
「こんにちは、博斗先生。今日は、なにか?」
由布は、小さく手を振って友人と別れ、坊具を傍らの棚に置いた。
「まあ、黙ってこれを見てくれ」
そう言って博斗は、まだふやけた白さの残る右手を出し、裏返して甲と平を見せた。
「お怪我が治ったんですか?」
「そういうこと。それで、まあ、せっかく手も治ったことだし、俺もきちんと剣の勉強をしてみようかなと、まあ、そういうわけだ」
由布が少し表情を崩した。
「それで、わたしに?」
「そうだよ。他に誰がいるんだ?」
「でも、わたしにそんなたいしたことは出来ません」
「いいんだよ。俺なんかチャンバラしか出来ないんだから。もうちょっと、こう、まともな剣の振り方というか、そういうのって、あるだろ?」
「わかりました。では、みんなが帰ったら、道場を借りてやりましょう」
部員達が引き払うと、博斗と由布は道場に足を踏み入れた。
博斗はいつもの格好のままで、上に着ているものは脱いでTシャツ一枚にズボン姿になった。というより、由布にそうさせられた。
「一枚じゃ寒いよ」
「おじいちゃんみたいなことを言わないでください。すぐに暖まりますから」
ついでに博斗は靴下を脱がされた。床板が冷たい。じっと立っているとそれだけで冷たい。
博斗は、足の裏と甲をこすりあわせてモジモジした。
「つ、冷たいんだけど?」
「大丈夫ですよ。やってるうちに暖まります」
道場に入ると、由布は正面に一礼した。
まあそういうものなんだろうと思って、博斗もそれに倣う。
由布は、竹刀を一振り博斗に渡した。
「ところで、どのぐらい稽古するつもりですか?」
「毎日少しずつでいいんだけど。それ以上やる時間もないだろうし」
「そうですね。では一日一時間にしましょう」
「え…? そ、そんな長いの?」
「一時間なんてすぐですよ。さあ、さっそくはじめましょうか?」
「い、一時間…」
博斗はちょっとだけ後悔した。
こういうときの由布は厳しい。一時間といったら一時間やるんだろう…。
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