8
ひかりは保健室に鍵をかけると、廊下の窓から中庭の景色を臨んだ。
今日は朝から刺すような気配が感じられる。
明らかに、何者かが街に暗躍している。
気配を隠そうともしないところをみると、来たるべき敵が来たと考えておくのが妥当だろう。
桜はコアの埋め込みにまだ成功していないのだろうか。
それがどれだけ難しいことかはわかっている。
すでにコアと同等の力を持っている強化コスチュームに、さらにブースターを取り付けるようなものなのだから、つけておしまいというわけにはいかない。
増幅された力の暴走を防止するための制御機構など、課題は多い。
自ら手がけてみるべきかとも思う気持ちは強いが、自らに何度も言い聞かせた。
桜に任せるしかない。
私は、すべてを託してそれを見守るだけ。
神官怪人がやってくるいまが、大きな正念場になるだろう。
なんとしても、ここは乗り切らなければならない。
ホルスの生み出した神官怪人に、負けるわけにはいかない。
ひかりはふと横を見た。
いつの間にか、稲穂が並んで景色を眺めていた。
「気付いていますか?」
稲穂は言った。
「ええ」
「どうするんです? いまの彼女たちでは、おそらく…」
「あなたの助けを期待しろというのですか?」
「ち、違います。そういうわけではありません」
「そうでしょうね。あなたは自分を隠すことに固執している。なぜそこまで壁を設けようとするのです?」
「あなただって、瀬谷先生に壁をつくっている」
「そんなことを、あなたに言われる義理はありません」
ひかりはややきつく言い返した。
ひかりと稲穂はしばらく視線を戦わせていたが、やがて稲穂がつと目を反らした。
「なんにせよ、今日は充分に気をつけたほうがいいですよ。もっとも、気をつけたからどうなるというものでもない気がしますけれどね」
稲穂はスカートを翻して廊下へと去った。
ひかりは額に手をあてて苦悩した。
私は、なぜあんなことを言ってしまったのだろう。
私は、彼女にそんなたいしたことが言えるほど人の心がわかっていて?
ひかりは痛んだ心を引きずりながら、ゆっくりと教員室に歩いていった。
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