博斗は鼻息を鳴らした。やっと静かになった。


にしても、残念だ。

由布にはまだ、ごく当たり前に愛を伝えようとすることは無理なのだろうか。

人に気持ちを伝えることを恐れているのだろうか。当たり前のことだから難しいのか。


うきうきとした気分から一転してなんだか憂鬱になった博斗だが、教員室のドアを開けようとして、その脇に立っている人影に気付いた。

「やあ、おはよう」

博斗は優しく微笑んだ。

「待ってたんだよ」


由布はややうつむき、つと博斗を見つめて小さく唇を動かした。

「あの…」

「いいんだよ、そんな堅くならなくても。いつもお世話になっているあの人に、感謝の気持ちをこめて贈りますって、なんだこりゃ。どっかの海苔屋みたいじゃないか」


由布はくすくすと笑った。

ぎこちなさがとれたようで、博斗はほっとした。

「はい、わかりました」

由布は言った。

「なんだか、思いつめていた自分がおかしいです。はい、どうぞ」


「よし、もらった。…ありがとう。由布からのチョコは、いろんな意味でうれしい」

「手作りとかそういうことではないのですが…」


「いいんだよ、それは二の次。…さあ、教室に行きな。授業始まるぞ」

由布が顔を上げた。白い顔が輝いているように見えた。

「はい。では、失礼します」


静かに去っていく由布を見送りながら、博斗はつぶやいた。

「由布の傷は、少しずつ癒えている。せめて俺は、それを優しく見守ってやろう…」


チャイムが鳴った。

「おお、始業か…」

のほほんとチャイムが鳴り終わるのを聞いて、それから博斗は、愕然として大慌てで教員室に飛び込んだ。

「おわあぁぁぁっ! かんじんの俺が遅刻じゃないか!」

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