5
「いきなりなんですの? 謎かけ?」
「俺が四月に授業でその話をしたときは、三つのことを挙げた。1.直立歩行 2.道具による道具の生産 3.言語の使用」
「…え、えへへへ、も、もちろん、覚えてますよ、はは、はははは」
遥は空笑いした。
博斗は、大きなガラス越しに見える中庭に眼を馳せた。
「でも、いちばん決定的なのは、そんなことじゃないのさ」
「じゃあ、なにさ」
桜が唇を尖がらせて突っかかった。自分が非難されているのが気に入らないらしい。
「イマジン、想像すること。ドリーム、夢みること」
博斗はにっこり笑った。
「想像すること、豊かな夢をみることが、すべての生物のなかで人間だけに与えられた特権なんだよ」
博斗は大きく息を吸いこんだ。
「人間は、旅行に行くお金はなくたって、目を閉じれば、いつでも旅をすることが出来る。人間は確かに空を飛ぶことが出来ない。けれど、空を飛んでいる自分の姿を思い浮かべることが出来る。人間は地球以外の星で生活したことはない。けれど、宇宙のどんな星に住むことだって思いのままだ。夢みることがどんなに素晴らしいことか、考えたことがあるかい?」
「…」
「ま、そういうことさ。桜君、君だって夢みる女の子なんだよ。色々な物語を愛し、話を自分で創り出すってことは、とても素晴らしいことさ。君だって、サンタさんを信じてるのと同じだ」
「…あのさ」
桜が口を開いた。
「僕は、とにかくその、燕がうらやましいのかなって思う。きっと。僕はほら、あんな童心もってないからね」
桜は笑った。
「人間は、夢という名の空を、想像の翼で翔ぶ鳥なんだよ。それを恥じる必要はないし、むしろ、子どもなら子どもほど想像の翼は豊かだ。子どもの心をいつまでも持っている大人ってのは、素晴らしいよ」
「とにかく…」
黙っていた由布が、きっぱりと言った。
「燕さんには、謝らないといけないと思います。私達に、燕さんを笑う権利はありません」
「わかってる」
桜がぶつぶつと言った。
「わかってるよ、そんなの」
「そうよねー、そういうお子ちゃまなところが可愛いんだもんね、燕は」
遥がすたすたと歩きはじめた。
「どうするんですの?」
「まあとにかく、なだめてみるしかないじゃない」
「まあ!」
翠は口を押さえた。
「なんと勇気ある! ではわたくしはここから静かに見守ってさしあげますわ」
「あんたもくるの!」
遥は翠の腕をつかんで引きずった。
由布と桜がすぐに二人の後を追った。
博斗がさらにやや距離をおいてその後ろを行く。
「では、いざ!」
遥は生徒会室のドアをがばっと開いた。
だが、部屋には誰もいなかった。
遥は肩を落とした。
「燕、帰っちゃったのかな」
「なんか、悪いことしましたわね」
「このままだと、燕さんの心は傷ついたままになってしまいます」
「そうよね。うん。なんとかしなくちゃ。あたし達のせいだもの。燕を元気付ける方法を考えましょ」
「燕は、僕らの宝物だよ。なんとかしてあげたい」
四人は、顔を近づけてごしょごしょと話し始めた。
遥が翠にささやいた。
「24日にクリスマスパーティーを開くってのはどう? 食べ物と飲み物をたくさん用意して、みんなで燕になんかプレゼントあげて…」
「しかし…物で釣るようで、あまり…。本質的な解決にならないという気がします」
「同感だね。そもそも、燕が、サンタクロースがいるって信じていて、でも本当はサンタクロースなんかいないってところに問題があるわけだから…」
「本当にサンタクロースがいればいいんですけどね」
由布がくすりと笑った。
「それだ!」
桜が手を鳴らした。
「博斗せんせ?」
ぎく。
博斗は硬直した。すごく嫌な予感がする。
「な、なに?」
「せんせの協力が必要なんだよ」
「いい、俺、パス」
「駄目だよせんせ。教え子の夢を守るためでしょ? 別にとって食おうって言ってるわけじゃないんだし」
「な、なにをすればいいんだ?」
桜はにやにや笑いをしながら言った。
「サンタさんになってよ」
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