「いきなりなんですの? 謎かけ?」


「俺が四月に授業でその話をしたときは、三つのことを挙げた。1.直立歩行 2.道具による道具の生産 3.言語の使用」


「…え、えへへへ、も、もちろん、覚えてますよ、はは、はははは」

遥は空笑いした。


博斗は、大きなガラス越しに見える中庭に眼を馳せた。

「でも、いちばん決定的なのは、そんなことじゃないのさ」


「じゃあ、なにさ」

桜が唇を尖がらせて突っかかった。自分が非難されているのが気に入らないらしい。


「イマジン、想像すること。ドリーム、夢みること」

博斗はにっこり笑った。

「想像すること、豊かな夢をみることが、すべての生物のなかで人間だけに与えられた特権なんだよ」


博斗は大きく息を吸いこんだ。

「人間は、旅行に行くお金はなくたって、目を閉じれば、いつでも旅をすることが出来る。人間は確かに空を飛ぶことが出来ない。けれど、空を飛んでいる自分の姿を思い浮かべることが出来る。人間は地球以外の星で生活したことはない。けれど、宇宙のどんな星に住むことだって思いのままだ。夢みることがどんなに素晴らしいことか、考えたことがあるかい?」

「…」


「ま、そういうことさ。桜君、君だって夢みる女の子なんだよ。色々な物語を愛し、話を自分で創り出すってことは、とても素晴らしいことさ。君だって、サンタさんを信じてるのと同じだ」


「…あのさ」

桜が口を開いた。

「僕は、とにかくその、燕がうらやましいのかなって思う。きっと。僕はほら、あんな童心もってないからね」

桜は笑った。


「人間は、夢という名の空を、想像の翼で翔ぶ鳥なんだよ。それを恥じる必要はないし、むしろ、子どもなら子どもほど想像の翼は豊かだ。子どもの心をいつまでも持っている大人ってのは、素晴らしいよ」


「とにかく…」

黙っていた由布が、きっぱりと言った。

「燕さんには、謝らないといけないと思います。私達に、燕さんを笑う権利はありません」


「わかってる」

桜がぶつぶつと言った。

「わかってるよ、そんなの」


「そうよねー、そういうお子ちゃまなところが可愛いんだもんね、燕は」

遥がすたすたと歩きはじめた。

「どうするんですの?」

「まあとにかく、なだめてみるしかないじゃない」


「まあ!」

翠は口を押さえた。

「なんと勇気ある! ではわたくしはここから静かに見守ってさしあげますわ」


「あんたもくるの!」

遥は翠の腕をつかんで引きずった。


由布と桜がすぐに二人の後を追った。


博斗がさらにやや距離をおいてその後ろを行く。


「では、いざ!」

遥は生徒会室のドアをがばっと開いた。


だが、部屋には誰もいなかった。


遥は肩を落とした。

「燕、帰っちゃったのかな」

「なんか、悪いことしましたわね」

「このままだと、燕さんの心は傷ついたままになってしまいます」


「そうよね。うん。なんとかしなくちゃ。あたし達のせいだもの。燕を元気付ける方法を考えましょ」

「燕は、僕らの宝物だよ。なんとかしてあげたい」

四人は、顔を近づけてごしょごしょと話し始めた。


遥が翠にささやいた。

「24日にクリスマスパーティーを開くってのはどう? 食べ物と飲み物をたくさん用意して、みんなで燕になんかプレゼントあげて…」


「しかし…物で釣るようで、あまり…。本質的な解決にならないという気がします」


「同感だね。そもそも、燕が、サンタクロースがいるって信じていて、でも本当はサンタクロースなんかいないってところに問題があるわけだから…」


「本当にサンタクロースがいればいいんですけどね」

由布がくすりと笑った。


「それだ!」

桜が手を鳴らした。

「博斗せんせ?」


ぎく。


博斗は硬直した。すごく嫌な予感がする。

「な、なに?」


「せんせの協力が必要なんだよ」

「いい、俺、パス」

「駄目だよせんせ。教え子の夢を守るためでしょ? 別にとって食おうって言ってるわけじゃないんだし」


「な、なにをすればいいんだ?」

桜はにやにや笑いをしながら言った。

「サンタさんになってよ」

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