12

うつらうつらとしたオシリスがふと気付くと、気配が感じられるほど近くにイシスが近づいていた。


「なんだ? 私を殺すか? そうしたければしてもいい。あなたの助けがなければここから出られそうにないのだから、同じことだ」


「もう一度、聞きます。なぜ私を助けたのですか? 教えてください」

「教えてもいいけど、代わりにあなたのことも聞かせてほしい」


「私のこと?」

「あなたがなぜ帝国に仕えるようになったのか。あなたは、なんのために生きているのか」


イシスはしばらく黙っていたが、やがてホルスのこと、帝国のこと、自分自身のことを喋りはじめた。


「私は、なぜこんな生き方を選んでしまったのかと思うときがあります。私は…弱い自分が憎いのです」

「弱い? 帝国の四人衆であるあなたが? それが本当なら私達の苦戦はいったいなんなんだろうな」


「私は怖いのです。戦いに敗れ、私が築き上げてきたこの砂上の楼閣が崩れ去ってしまうことが、恐ろしいのです。その恐怖が、私の行動の原動力であり、苦しみの所以です」


「それであなたは、幸せか? 恐怖と悲しみに生きて、それで幸せなのか?」

「幸せ? そんな言葉は、もう長いこと忘れていた気がします」


イシスが、ひきつった笑顔を浮かべた。

「さあ、あなたの番ですよ。なぜ私を助けたのですか」


オシリスは、にっこりと笑い、ぼそっと言った。

「あなたが美しいからさ」

「美しい?」


「ああ。いまのあなたは、生きながら死んでいるみたいだ。そんなままじゃ死なせたくはなかった。それだけだ」


イシスは、自分がいままで失っていた熱いものが瞳からあふれてくるのを感じた。

もっと早く、この男と出会いたかった。そう思うと、感情が堰をきってあふれはじめた。


「あなたには、不思議な力があります。マヌやホルスとは違う…私を、変えてしまいそうな強さが」

「それなら変わってしまえばいい」

オシリスは言うと、不意にイシスの肩を抱き寄せ、くちづけた。


イシスは動揺して身をこわばらせたが、しかし、オシリスの抱擁は暖かく、唇を離す頃にはオシリスに身を委ねていた。

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