「さて、と」

筐体に乗り込んだ遥は、ひと通り辺りを見回した。

「見れば見るほど環状線そのままね~」


「よくこんなもの作りますわね。よっぽど暇なのですわ」

翠は、さっさと椅子に座ってくつろいでいる。


「ちょっと翠、あんたも調べなさいよ」

「調べるって、何を調べるんですの?」

「何をって、何かをよ」

遥は、自分でも答えになっていないとは思ったが、そう答えた。


「うーん…」

桜は床をぐるぐるとまわりながら唸っている。

「見た感じ、おかしなところはないなあ。やっぱり、動かしてみないとわからないかな」


顔をしかめている由布も同意した。

「なにか感じるのは確かなのですけれどね。いったいなにか、ちょっとわかりません。稼動させてみれば、なにかわかるかもしれませんが…」


「つばめがやる!」

燕が手を挙げると、スキップしながら乗務員室に入った。


「燕さんで大丈夫なんですのっ?」

「大丈夫さ。燕はゲームだけはすごい腕前だから」

桜が請け負った。

「さ、僕もお仕事お仕事」

桜もスキップしながら乗務員室に飛び込んでいった。


まもなく、桜の声がスピーカーから聞こえてきた。

「あー、毎度、環状線、ご利用頂きましてありがとうございます、まもなく発車いたします。ご乗車になってお待ちください」

「…桜も好きね」


「ドアが閉まりま~す」

乗務員室から、燕の元気な声が響いた。

「しゅっぱつ、しんこう~!」


「陽光電鉄をご利用頂き、ありがとうございます。次は~、だだぎ、だだぎです」

桜の声が聞こえる。列車は安定走行に入り、速度を維持した。


「う~ん」

遥は、吊革にぶら下がるようにして、座っている翠と向き合った。

「別に変わったところないわね~。なんか気付いた?」


翠は、顎の下で両手を組みあわせて、少し考えてから言った。

「いいえ、なんにも。由布さんの勘違いじゃありませんのですこと?」


「…って翠は言ってるけど? どう?」

由布は黙っていた。だが、首を横に振った。


「あら?」

遥は声を上げた。車窓に駅のホームが流れていく。目を凝らすと、「だだぎ」という駅名表が一瞬見えた。


「どうしましたの?」

「だだぎを通過しちゃったわよ。ゲームオーバーじゃない」

「あら。そう言えば、桜のアナウンスもなかったような…」


遥と翠が顔を見合わせている間に、由布が静かに乗務員室へのドアを開いた。

運転席では、燕と桜が、マスコントローラーを二人がかりで握り締めて格闘していた。


「どうしたのです?」

由布が険しい顔で尋ねると、二人は同時に振り返って言った。

「とまんないの!」

「止まらないんだよ!」


由布は二、三度瞬きをして、二人に駆け寄った。

「止まらないというのは…?」

「言葉通り。ブレーキが全然動かないんだ」


「あまりいい気分がしません。もう外に出ましょう」

由布は言った。どきどきと胸を圧迫するような感覚がある。


「えー、でも、このままじゃじこおきるよ」

「燕。これはゲームなんだから、ほっといてもいいんだよ」

桜がブレーキから手を放した。


「あ、そっか」

燕も手を放した。


由布は通路に顔を出した。

「遥さん、翠さん、なにかおかしなことが始まっています。外に出ましょう」


「うん。なんか、そのほうがいいような気がしてきた。だっておかしいじゃない。列車でGO! って、ホーム通過しちゃうとすぐ非常ブレーキがかかるのに、全然平気で走ってるなんて」


その言葉を裏付けるように、車窓にふたたびどこかのホームが流れていった。「からじゅく」だ。


桜は乗務員室のドアをバンと押し開けた。

「!!!」

その途端、びゅおーっと激しい風が車内に吹きこみ、桜たちは思わず悲鳴を上げた。


桜はドアから身を乗り出した。そこにあるはずの、ニコニコファンタジアの風景はどこにもない。

あるのはリアルに流れ去っていく線路際の風景だけだった。

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