8
「さて、と」
筐体に乗り込んだ遥は、ひと通り辺りを見回した。
「見れば見るほど環状線そのままね~」
「よくこんなもの作りますわね。よっぽど暇なのですわ」
翠は、さっさと椅子に座ってくつろいでいる。
「ちょっと翠、あんたも調べなさいよ」
「調べるって、何を調べるんですの?」
「何をって、何かをよ」
遥は、自分でも答えになっていないとは思ったが、そう答えた。
「うーん…」
桜は床をぐるぐるとまわりながら唸っている。
「見た感じ、おかしなところはないなあ。やっぱり、動かしてみないとわからないかな」
顔をしかめている由布も同意した。
「なにか感じるのは確かなのですけれどね。いったいなにか、ちょっとわかりません。稼動させてみれば、なにかわかるかもしれませんが…」
「つばめがやる!」
燕が手を挙げると、スキップしながら乗務員室に入った。
「燕さんで大丈夫なんですのっ?」
「大丈夫さ。燕はゲームだけはすごい腕前だから」
桜が請け負った。
「さ、僕もお仕事お仕事」
桜もスキップしながら乗務員室に飛び込んでいった。
まもなく、桜の声がスピーカーから聞こえてきた。
「あー、毎度、環状線、ご利用頂きましてありがとうございます、まもなく発車いたします。ご乗車になってお待ちください」
「…桜も好きね」
「ドアが閉まりま~す」
乗務員室から、燕の元気な声が響いた。
「しゅっぱつ、しんこう~!」
「陽光電鉄をご利用頂き、ありがとうございます。次は~、だだぎ、だだぎです」
桜の声が聞こえる。列車は安定走行に入り、速度を維持した。
「う~ん」
遥は、吊革にぶら下がるようにして、座っている翠と向き合った。
「別に変わったところないわね~。なんか気付いた?」
翠は、顎の下で両手を組みあわせて、少し考えてから言った。
「いいえ、なんにも。由布さんの勘違いじゃありませんのですこと?」
「…って翠は言ってるけど? どう?」
由布は黙っていた。だが、首を横に振った。
「あら?」
遥は声を上げた。車窓に駅のホームが流れていく。目を凝らすと、「だだぎ」という駅名表が一瞬見えた。
「どうしましたの?」
「だだぎを通過しちゃったわよ。ゲームオーバーじゃない」
「あら。そう言えば、桜のアナウンスもなかったような…」
遥と翠が顔を見合わせている間に、由布が静かに乗務員室へのドアを開いた。
運転席では、燕と桜が、マスコントローラーを二人がかりで握り締めて格闘していた。
「どうしたのです?」
由布が険しい顔で尋ねると、二人は同時に振り返って言った。
「とまんないの!」
「止まらないんだよ!」
由布は二、三度瞬きをして、二人に駆け寄った。
「止まらないというのは…?」
「言葉通り。ブレーキが全然動かないんだ」
「あまりいい気分がしません。もう外に出ましょう」
由布は言った。どきどきと胸を圧迫するような感覚がある。
「えー、でも、このままじゃじこおきるよ」
「燕。これはゲームなんだから、ほっといてもいいんだよ」
桜がブレーキから手を放した。
「あ、そっか」
燕も手を放した。
由布は通路に顔を出した。
「遥さん、翠さん、なにかおかしなことが始まっています。外に出ましょう」
「うん。なんか、そのほうがいいような気がしてきた。だっておかしいじゃない。列車でGO! って、ホーム通過しちゃうとすぐ非常ブレーキがかかるのに、全然平気で走ってるなんて」
その言葉を裏付けるように、車窓にふたたびどこかのホームが流れていった。「からじゅく」だ。
桜は乗務員室のドアをバンと押し開けた。
「!!!」
その途端、びゅおーっと激しい風が車内に吹きこみ、桜たちは思わず悲鳴を上げた。
桜はドアから身を乗り出した。そこにあるはずの、ニコニコファンタジアの風景はどこにもない。
あるのはリアルに流れ去っていく線路際の風景だけだった。
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