「イシス」

シータはひかりに声をかけた。


「あら、珍しいですね、シータさん。学園の中で私をその名前で呼ぶなんて」


シータは、声を潜めてささやいた。

「ホルスが、また馬鹿なことを始めた。四神官だ」

「!」


「ホルスは、四神官の場所を突き止めたぞ。いま、四神官を甦らせようと動き始めている」

「大丈夫ですよ。四神官には、堅く制御をかけています。なにしろ、いまの彼らは、ただの石像なのですから」


「だが、充分なエネルギーが与えられれば、石像とはいえ、動くことは可能になるだろうな。なにしろ、私達自身のコピーだからな、よくわかる」

「ええ。感情だけがないコピーですね。…思えば、ずいぶん愚かな兵器を作ってしまったものです」

ひかりは目を落とした。


「お前は、どうするつもりだ、イシス?」

シータはちらちらと辺りを見ながら言った。閉鎖された部屋の中とはいえ、視線がないかと、気になる。


「心配いりませんよ。この部屋にはカメラもマイクも取りつけていません。やはり、正体を知られるのはいやなのですか?」

「当たり前だ。知られてはこうしてお前達の内情を探ることも出来ん」


「ほんとうに、それだけなのですか?」

ひかりはシータの肩に手を置いた。

「なに?」


「正体を知られたときに、自分の心が揺らぐのが怖いのではないですか?」

「知ったようなことを言う」

シータはせせら笑った。


「いいえ。あなたの眼は、変わってきていますよ。次第に、優しいものに」

「ぬかせ! いいかげんなことを言うな、イシス!」

シータは小声で怒鳴った。


ひかりは自分の胸の辺りに手を置いた。

「あなたは、戦いにしか生きてこなかった。しかし、戦いよりも価値があることを知りかけているのですよ。私と同じ道を、一万年後にたどっているのです。あなたにも、仮面を外すことの出来るときが、きっとくると思いますよ」


「は!」

シータは一笑に付した。

「もともとは敵に表情を悟られないためにつけた仮面だったがな。いまは、仮面はここの連中に正体を知られないために役に立っているさ。外す気はない」


「そうですか」

ひかりはあまり残念がった様子もなく言った。


「そんなくだらないことより、お前達こそ覚悟したほうがいいぞ。ホルスとピラコチャは、神官を動かすエネルギーを得るために、スクールファイブを攻撃してくるつもりだ」


「スクールファイブから、直接エネルギーを奪おうというのですか?」

「そうだ。いままでの攻撃とはわけが違う。怪人の生死などどうでもよいのだからな。スクールファイブのエネルギーさえ吸収できれば、それでよいのだから」


ひかりは悲しい顔をした。

「怪人とて、生き物ですよ。あなた達は、またそうして無数の屍を積み重ねていくのですか?」


「ではお前達はなんだ? お前達とて、怪人や戦闘員を殺しているではないか!」

「そうですね。やむを得ないこととはいえ。しかし…その道に導いてしまったのは私の責任です。私は、償いをする覚悟はありますよ」

ひかりは微笑んだ。


「イシス…」

シータはつぶやいた。

「お前は、何を考えているのだ、いったい?」


「私は、確信していますよ。あなたにも、きっと、私の心がわかるときがくる」

「勝手に言っていろ。せいぜい気をつけるんだな」


シータは、そう言うと、歩き去ろうとした。

「シータさん…」

ひかりが、シータの背中に声をかけた。


「私は、もうイシスではないのですよ。私は、酒々井ひかりなのです」

「…ちっ」

シータは荒々しく部屋を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る