2
「イシス」
シータはひかりに声をかけた。
「あら、珍しいですね、シータさん。学園の中で私をその名前で呼ぶなんて」
シータは、声を潜めてささやいた。
「ホルスが、また馬鹿なことを始めた。四神官だ」
「!」
「ホルスは、四神官の場所を突き止めたぞ。いま、四神官を甦らせようと動き始めている」
「大丈夫ですよ。四神官には、堅く制御をかけています。なにしろ、いまの彼らは、ただの石像なのですから」
「だが、充分なエネルギーが与えられれば、石像とはいえ、動くことは可能になるだろうな。なにしろ、私達自身のコピーだからな、よくわかる」
「ええ。感情だけがないコピーですね。…思えば、ずいぶん愚かな兵器を作ってしまったものです」
ひかりは目を落とした。
「お前は、どうするつもりだ、イシス?」
シータはちらちらと辺りを見ながら言った。閉鎖された部屋の中とはいえ、視線がないかと、気になる。
「心配いりませんよ。この部屋にはカメラもマイクも取りつけていません。やはり、正体を知られるのはいやなのですか?」
「当たり前だ。知られてはこうしてお前達の内情を探ることも出来ん」
「ほんとうに、それだけなのですか?」
ひかりはシータの肩に手を置いた。
「なに?」
「正体を知られたときに、自分の心が揺らぐのが怖いのではないですか?」
「知ったようなことを言う」
シータはせせら笑った。
「いいえ。あなたの眼は、変わってきていますよ。次第に、優しいものに」
「ぬかせ! いいかげんなことを言うな、イシス!」
シータは小声で怒鳴った。
ひかりは自分の胸の辺りに手を置いた。
「あなたは、戦いにしか生きてこなかった。しかし、戦いよりも価値があることを知りかけているのですよ。私と同じ道を、一万年後にたどっているのです。あなたにも、仮面を外すことの出来るときが、きっとくると思いますよ」
「は!」
シータは一笑に付した。
「もともとは敵に表情を悟られないためにつけた仮面だったがな。いまは、仮面はここの連中に正体を知られないために役に立っているさ。外す気はない」
「そうですか」
ひかりはあまり残念がった様子もなく言った。
「そんなくだらないことより、お前達こそ覚悟したほうがいいぞ。ホルスとピラコチャは、神官を動かすエネルギーを得るために、スクールファイブを攻撃してくるつもりだ」
「スクールファイブから、直接エネルギーを奪おうというのですか?」
「そうだ。いままでの攻撃とはわけが違う。怪人の生死などどうでもよいのだからな。スクールファイブのエネルギーさえ吸収できれば、それでよいのだから」
ひかりは悲しい顔をした。
「怪人とて、生き物ですよ。あなた達は、またそうして無数の屍を積み重ねていくのですか?」
「ではお前達はなんだ? お前達とて、怪人や戦闘員を殺しているではないか!」
「そうですね。やむを得ないこととはいえ。しかし…その道に導いてしまったのは私の責任です。私は、償いをする覚悟はありますよ」
ひかりは微笑んだ。
「イシス…」
シータはつぶやいた。
「お前は、何を考えているのだ、いったい?」
「私は、確信していますよ。あなたにも、きっと、私の心がわかるときがくる」
「勝手に言っていろ。せいぜい気をつけるんだな」
シータは、そう言うと、歩き去ろうとした。
「シータさん…」
ひかりが、シータの背中に声をかけた。
「私は、もうイシスではないのですよ。私は、酒々井ひかりなのです」
「…ちっ」
シータは荒々しく部屋を出た。
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