陽光学園は、陽光祭二日目の夜を迎えていた。


修復には時間がかかるかと思われたガラスや壁の修理は、翠が父親にホットラインを一本つなげたことで、突貫工事が行われ、あっけなく解決してしまった。


何事も起きなかったかのように、陽光学園は眠っていた。

ただ二個所を除いて。


部屋は真っ暗になったが、遥はなかなか寝られなかった。

「ねえ、みんな寝ちゃった? 寝てたら返事して?」


枕が飛んできて、遥の顔を押しつぶした。

「古典的すぎるですわ」


「なんだ、起きてるんじゃない。えいっ!」

遥は枕を、翠の寝ていると思われるあたりに投げ返した。


「ほげっ!」

桜の声がした。

「ちぇっ! だからバリヤー張っておきたかった。せんせに怒られたから剥がしたのに。…誰も寝てないと思うよ。だってほら、燕のいびきもしないし…」


「あら、ほんと」

「それで? なにか、言いたいんじゃありませんですの?」


「うん…まあ、その、とくになにかってわけじゃないんだけど…。明日で、陽光祭終わりでしょ?」

遥はぽつりと言った。


「ええ」

誰かが応えた。たぶん由布だろう。


「…あたしね、どきどきしてるんだ。なんか、実感が湧かなくて。ほんとに陽光祭終わるのかなって?」


「その考えはなんとなくわかる気がするですわ。わたくし、もう少し、もう少し、陽光祭のこの時間が続いてくれればと思いますの」


「『もし私の願いがたった一つだけかなうのならば、ああ、時間よ、このかけがえのない一瞬で永遠に停止してほしい』ってね」

桜が言った。


「なあに、それ? なんかの本?」

「僕の描いた同人誌のセリフ」

「あ、そ」


「でも、素敵な言葉ですね。実現することのない願い。そして、実現してはいけない願い」

「そう。時は一度しかやってこない。一度しかやってこないから、人は時の価値を知っているのさ」


「桜さん、タイムマシンとか作らないんですの?」

「うーん…未来にいくものは理論的に作れないことはないだろうけど、やっぱり、問題は、作れるかどうかじゃないんだよ。人間、一度しかない時間を生きるから、人間なんだと思う」


「…もっかい、やりたいね、よーこーさい」

燕が小さくつぶやいた。


「そう! それですわ、燕さん! それなのですわ、わたくしが思っていたことも…。もう一度、四月からやり直すことができれば、きっと、もっといい陽光祭ができたはずなのですわ。後悔していることがけっこうありますの!」


「でも…時間は戻りませんよ。戻ってはいけないんです。わたし達の陽光祭は、あと二十四時間で、すべて終わりです」


「わかってる、わかってるよ。だから、なんっていうのかな、その…悔しいのかな。うれしいけど、悔しいね。もう一回、ほんと、もう一回、やりたいね。創りたいね」

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