「海か…」

博斗はふと天井を見上げた。夢が思い出される。


「どうか、しましたか?」

「いや、別に。まあ、そういう硬派な企画も、たまにはいいんじゃないかと思ってね。俺も期待してるから、うまくいくといいな」


「はい。…調査は済んでいますから。あとは集計して出展するものを選ぶだけです」

由布は微笑んだ。


「早いですわね。うちなんかまだ道順も決まってないというのですのに」

「翠のクラスは何やるんだ?」


「定番。お化け屋敷ですわ」

翠は肩をすくめた。


「なるほど確かにね、翠が化粧なしで出てくればそれは未曾有の恐怖だね」

桜がくすくすと笑った。


「なんですって!」

翠が桜につかみかかり、やれ厚化粧だやれ牛乳瓶だの言い争いが始まった。


博斗は毎度の騒ぎに、にやにやとしながらも、生徒会室をもう一度見回した。

「一人いないだけでこんなに物足りないものか」

「そうですね。遥さんは私たちのムードメーカーでもありましたから」


「君たちはやっぱり五人揃ってないといけないな」

由布は再びうなずく。

「そうですね。わたしも、他の皆さんと一緒にいると強くなることができます」


博斗は目を細めた。

「それは他のみんなも同じだろう。君がいるからみんなが支えられている部分もある。あのとき、由布が戻ってきてくれてほんとによかった。…持ちつ持たれつだよ」


由布は、少し赤くなった頬を気付かれないように、うつむいて呟いた。

「わたしはただ…博斗先生が呼んでいたから戻ってきただけです」

「俺はなにもしていない。戻ってこようという意志があった由布の力だよ」


由布は顔を上げた。うっすらと微笑が浮かんでいる。あれ以来、由布が微笑むことが多くなったように感じるのは、決して博斗の思い過ごしではないはずだ。


博斗と由布は、なんとなくそのまま見つめ合っていた。由布の黒い瞳は吸い込まれそうなほど美しい。


「はいー、ごめんよー、生徒会室って最近ゴミが多くてね~」

桜が、箒をばたばたさせながら、博斗の前ににゅっと現れた。

「おわあっ!」


「やあ、お掃除お掃除っと」

面食らっている博斗の前を、桜はいったりきたりしている。


何だかよくわからなかったが、とにかく由布との話の腰を折られたことは確かで、思わず由布と顔を見合わせた。


「博斗先生、御自分のお仕事に戻らなくてよろしいんですの?」

「これも仕事のうちじゃないか」

「純真な女子校生をかどわかすことが、ですの?」


博斗が口を動かすより早く、由布がその答えに反応した。

「わたしは皆さんが思うほど…」

桜達の視線が由布に集まった。


だがそこで言葉は途切れ、由布は微笑んだ。

「少し、風にあたってきます」

由布はそういうと、博斗達に目もくれずにすっと生徒会室を出ていった。


「ゆふどうしたの?」

燕は首を傾げた。

「さあ? なんかおかしなことでも言ったかな?」

桜も首をひねった。


博斗は、苦い顔をした。

彼女達はなにも知らないのだから責めることはできない。


「い、いいじゃないか、とにかく、仕事だ、仕事。明日は遥君が帰ってくるんだから、準備万端にしておかないとな」

博斗はややひきつった頬を無理に笑わせ、努めて快活に言った。

桜達になにかを言われないうちにと、博斗はそそくさと生徒会室を出た。

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