翌日の夕刻、博斗は、Tシャツに半ズボンといういい加減な格好に、サンダルをつっかけて、待ち合わせ場所の陽光中央駅に向かった。

「お、いたいた」

すでに、博斗以外は集まっているようだ。本当に、めいめい浴衣姿で来ているようだ。よいことである。


真っ先に博斗の目を惹いたのは、やはりひかりだった。

紺色の地に、何かの花の模様があしらわれた、落ち着きのある浴衣姿に、髪はいつものように下ろしてはおらず、束ねてお団子にしている。むき出しのうなじが涼しげで、また、なかなか色気をそそるものがある。


「ひかりさん。…いいっす」

「ど、どうも、ありがとうございます」

ひかりは頬を少し染め、笑顔で応えた。


「あ、はくとだ。はくと、つばめのゆかた、どう?」

「おう、かわいいかわいい」

博斗はOKサインを出した。実際、かわいいのだから。


「ねえ、ねえ、あたしも、あたしも。似合ってますよね?」

遥は、やっぱり赤を基調にしたデザインの浴衣だ。赤というよりは朱に近い鮮やかな色彩だが、それが嫌味にならないところが、遥の強みだろう。

「いいと思うよ。ほんと、浴衣っていいよな。男を狂わせる魅力たっぷりだぜ」


極め付けは由布だ。由布は、一歩間違えれば喪服と間違えかねないほど濃い紺色の浴衣だ。

その黒い色と、肌の白さが見事なコントラストを生み、絶妙な美しさを生んでいる。


さらに視線を上に移した博斗は、思わずしばし見とれてしまった。

「へえ…髪を下ろすだけで、けっこう雰囲気かわるんだなあ」

由布は、いつものように髪を結わえたポニーテールではなく、まっすぐに腰の下まで垂らしていた。


「…にしても、たいした人の数だ」

「そりゃそうだよ、云万人が、五時間かそこらの間に海浜公園に殺到するんだから」

そう言っている桜は、浴衣ではない。

さすがに白衣こそ着ていないとは言え、ごく普通のブラウスにぴったりとしたズボン。まったく色気がない。


「なんだ? 桜君、浴衣じゃないのか?」

「僕は…浴衣なんか着たことないし、着せてくれるような家庭じゃなかったから」

桜はふふと笑った。


博斗は、そのひとことで、桜が育ってきた環境の異常さにあらためて気付いた。桜は、桜という人格ではなく、IQ600の頭脳だけを必要とする連中に育てられてきたのだ。


「着てみたいとは思わないのか?」

「そりゃ、思うよ。思うけど、似合わないよ、きっと。僕は、白衣のほうが性にあってるんだ」

「絶対いいと思うけどなあ。…みんなで、今度さ、桜に着せてやれよ」


「うん!」

燕がこくこくうなずいた。


桜は、なんとも微妙な表情だったが「あ、ありがと」とだけ言った。


「そういやー、翠も浴衣じゃないのね?」

翠は、薄い黄色のワンピースに、麦藁帽子などかぶっている。たいしたお嬢様ぶりだ。

「当たり前ですわ。どうしてわたくしが、そんな庶民の服装をしなくてはならないの?」


「庶民庶民って、偉そうに言うわね。いまさらながらムカつくわ」

遥が、ずいと顔を近づけ、翠の顔を見上げた。


「…遥さん、そう怒らないでください。あの技は、息がぴったり合わないとできないのですから」

「んなん、わかってるけど、そもそも翠がいけないんじゃない。いっつも偉そうなことばっかり言ってて、けっきょくチームワーク乱すのは翠なんだから」


「は! 言わせておけばなんですの? 世界に君臨するこの、わたくしが、わざわざあなたがた庶民のために、都合を合わせてさし上げているというのに、感謝の一つもしないあなたがたにこそ問題があるのではなくて?」


遥は肩をすくめた。

「あんた、性格悪いけど頭も悪いのね」


「もう、やめてよーっ!」

燕が、いまにも手を出し合いそうな遥と翠の間に入って、二人を引き剥がした。

「せっかくのお祭りなのに。ひぐっ、ひぐっ」

燕は顔をくしゃくしゃに歪めてぼろぼろと涙をこぼした。


「つ、燕さん、あなたが泣くことないじゃありませんですか?」

「ふぇぇぇぇぇぇぇぇん」


「泣かないで…燕」

由布が燕の頭を抱きかかえてあやす。


「二人とも、少し大人げがないようですね」

ひかりが嘆息した。

「あなた方は、ひくことを少し覚えたほうがいいのかもしれませんよ」


「翠も遥も、祭りは楽しむものだ。せっかく必殺技だってできたんだろう? 今日は楽しまないと」


「…はい」

遥はしゅんとした。


いっぽうの翠は、まだ不服そうな顔だったが、博斗が一瞥すると、目を反らし、つぶやいた。

「博斗先生が言われるのでしたら、今日はひきますわ」

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