博斗達が屈伸やアキレス腱伸ばしをしている間に、翠は、新しい(でもやっぱり遥達に比べると露出度が妙に高い)水着に着替えてきた。


プールに歩き出そうとした博斗だったが、その足に、何かがぶつかった。

振り返ると、小学生らしき子どもが、後ろ向きに博斗の足にぶつかったところであった。

前を見ずに歩くからこうなる。


「お~い、プールサイドでは前を見て歩けよ…ん?」

博斗は気付いた。博斗にぶつかった子どもと向かい合うように、これまた子ども達の集団がいる。


「どうして僕が一緒じゃ駄目なんだよ!」

博斗のほうにいるクソガキが言った。

「お前、泳げないじゃないか。大人用プールなんかに入れるわけないだろ。お前なんか、子ども用プールでバタ足でもしてろよ」


「う~~~~! 泳げるよ!」

「嘘つくなって。お前、そんなにあずさ様にいいとこ見せたいのか?」

「ち、違うよ、そんなんじゃないよ!」

「へ~。どうします? あずさ様?」


クソガキ達を押しのけるようにして、これまた生意気そうな面をした女の子が現れた。

まあ、確かにかわいい顔はしているのだが…。


あずさは値踏みするように、博斗のほうにいるクソガキをじろじろ見ると、鼻を鳴らした。

「ふん。息継ぎもできない分際で、このわたくしと泳ごうだなんて、一万年早いでございますですわっ」


げ! こ、この喋り方は…!


「い、いいじゃないか、息継ぎしなくても、二十五メートル泳げばいいんだろ?」

「あなた、馬鹿ねえ。大人用のプールは二十五メートルじゃなくて、五十メートルあるのですことよ。あ・な・たは、お子様用で水遊びでもしてらっしゃい」

あずさは振り返ると、クソガキどもを連れて悠然と立ち去った。


あとには、がっくりと肩を落としたクソガキが残された。

「う、うう。ぐすっ。ぐずっ。あずさ様~」


遥がしゃがんで、クソガキの顔を覗きこんだ。

「どうしたの僕? 男の子が泣いてちゃ駄目じゃない」

「な、泣いてなんかいないよ。へっ、陽光の風が目に染みるぜ」


「なんなんだ、このクソガキは? 頭悪いんじゃないのか?」


「ぼ、僕はクソがきじゃないぞ! ふんっ! ふんっ!」


「わかったから鼻水を飛ばすな。じゃあ、ちゃんと自己紹介してみろ」

「陽光第三小学校二年一組、高倉玉次郎(たかくらたまじろう)、八歳!」

「た、たまじろう…ぷっ」

「わ、笑うなあ!」

「そうですよ、先生! かっこいい名前じゃないですか」


「そうだよ、せんせ」

桜は口を押さえて笑いをかみ殺している。

「玉次郎、たまじろう…うん、たまちゃんと呼んであげよう」


「た、たまちゃん?」

「ぷぷっ」

博斗は再び吹き出した。


「笑うなったらぁ!」

玉次郎は博斗の太ももをとんとん叩いた。


「はいはい。んで? あのクソ生意気なタカビー女は? 誰なんだ?」

「新小岩(しんこいわ)あずさ様」

「さまぁ?」

「お前~、同じ学年の女に『さま』なんてつけて、悔しくないのか?」


「だって、あずさ様はあずさ様だもん。すっごいお金持ちなんだって」

「翠、知ってる?」

「新小岩なら、中堅の起業家の家ですわ」


「なるほどな。まあ、同学年のお嬢様という高嶺の花にあこがれるのは、男としてはありがちな淡い恋心だ。うん。安心しろ、玉次郎。俺は応援してやろう」

「ありがとう、おじさん」


博斗はぐっと顔を玉次郎に近づけ、笑顔を浮かべて玉次郎の顎を突き上げた。

「おにーさんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る