「さあ、早く、瀬谷君!」

理事長が茂みの奥を指している。

ひかりが泥をはねて走り出し、博斗はもう一度だけ戦場を振り返ると、無理矢理、顔を前に戻して二人に続いた。


雨は容赦なく博斗達に叩き付け、前進は困難を極めた。

いつのまにか博斗はひかりと理事長を追い越し、先頭に立っていた。


がさがさと丈の高い茂みを押し分けた博斗は、ふいに広々とした場所に出た。

ここから上には、膝下ほどの高さの草しかなく、数メートル上には頂上が見える。


山肌に沿って一周をぐるりとめぐる道には、高さ一メートルほどの高さの石の柱が、ほぼ等間隔で並んでいる。

「ストーンサークルですね…」

「瀬谷君、これも謎だが、頂上が先だ。頂上のテーブル石が、気になる」


「キャップ…ご覧を」

ひかりが足元を示した。

「?」


「草が最近踏み荒された跡です」

いくつもの靴跡が、ほうぼうから集まって草を踏みにじっていた。


「やっぱり、あいつらもここに来ているのか。ますます怪しいじゃないか」


博斗は急ぎ足になり、頂上に登りつめた。

頂上は、二十メートル四方ほどのほぼ正方形の平たい地面になっている。

足元には湿った草が生え、正方形の中心に、忽然と、テーブル石が存在した。


テーブル石は、高さが五十センチほど、大きさは、畳三畳ぶんというところだろうか。

表面はつるつるに磨き上げられ、黒く輝いている。

「ただの石なのか? 黒曜石みたいだけど…なにか見えるぞ。そうか、ペトログリフか!」


博斗は手で表面をなぞり、水を掃いた。

うっすらと、だがはっきりと、表面に、意味を知ることも出来ない記号が刻まれている。


「ここには筋が走ってる。なんだろう」

博斗は石のちょうど中央辺りを走る筋をなぞった。

縦に一線、歪むことも曲がることもなく、細い筋が走っている。


「まるで扉のようだな。ほんらい二つだった石を一つに組みあわせているように見える」

「扉…じゃあ、このなかに入ることが出来る? ここから御笠山のなかにいけるのか? しかしそうすると、ムーの連中はもう中にいるんじゃあ?」


博斗はテーブル石の片側に足をかけ、中央の筋から力をこめて引っ張ってみた。

「だ、駄目だ。びくともしない」


「なにか、開く方法があるはずだ。スイッチか、レバーか?」

理事長が辺りを見回したが、それらしきものはない。


「いずれにしても、行動を急いだほうがいい。妙だ。この辺り一帯に力がたちこめている。我々の足元、我々の四方、そして」

理事長は顔を灰色の空に向けた。

「我々の頭上。相当なエネルギーがこの山に集まっている。メインの動力炉がなくとも、ムーはこれだけのエネルギーをまだ持っているのか」


「肌がちくちくとします。何かが、起きようとしているんですよ」

これはひかり。


だが、博斗は何も感じない。

頭がずきずきすることもないし、肌がぴりぴりするようなこともない。


「ひとまず、手分けしてもう一度辺りを調べてみましょう。なにか、見落としているものがあるのかもしれません」

ひかりが提案し、博斗と理事長は、頂上の広場の草を掻き分けはじめた。


「…?」

博斗は、耳を押さえた。

耳鳴りのような響きが聞こえる。妙に甲高い音。

「なにか、聞こえませんか?」


「私には電波のように聞こえる」

言われてみると、電波のようにも感じる。だが、金属をこするような音にも聞こえる。

「音が、大きくなった」

博斗は歯を食いしばった。耳障りな音は、さらに耳に響き、脳を刺激する。


かと思うと、音は突然止まった。

「なんだったんだ? いったい?」

「空に信号を送ったのだよ」

ざあざあという雨の音に混じり、新たな声がした。

「その声は…」


はじめは、頭に突き出した飾りだけが目に入った。

次第に、シータの黒光りする装束が、頂上に現れた。

「こんなところで会うとは、奇遇だな。諸君」


「シータ…!」

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