3
博斗は、この、博斗らしき人物と遥の会話を、全身に鳥肌の立つ思いで聞いていた。
そうか、きっとこれは夢なのだ。
フロイトは、夢は人間の潜在的欲望とかいったじゃないか。
つまり、俺が潜在的に抱えている禁断の欲望である、生徒との恋愛を体現している夢なのだ。
朝、目を覚ましたと思ったのも、あのおかしな白い光も、すべて、夢なのだ。
本当は、まだ博斗は、タオルケットにくるまって、ベッドでぐーすかと眠っているに違いない。そういうことに違いない。
いやいや、やっぱりなんか変だぞ。妙にリアルだ。夢にしては、色はついているし、音はするし、遥の笑顔も、とても夢の中のものとは思えないほど生き生きしているし…。
「プップカプー!」
後ろのほうからけたたましいクラクションが響いた。
後ろを振り返った遥が、一声悲鳴を上げると、博斗からすばやく離れ、電柱の陰に隠れた。
さっきまで遥がいた空間を、後ろから近づいてきた黒塗りのリムジンがかすめ、急停車した。
リムジンの運転席のドアが開き、車体と同じように黒いスーツに身を包んだ初老の男が降り立った。
「暁、今日はここまででよろしいですわ。どうぞ、お帰りになって」
暁と呼ばれた初老の男は、翠にぺこりとお辞儀をすると、不意に遥に顔を向け、「くわっ」と睨み付けるとリムジンに戻った。
「…な、なんなのよ、あの男は!」
「わたくしの忠実なる家臣ですわ」
「か、家臣? ただの運転手じゃない?」
「いいえ、豪徳寺家にかれこれ五百年仕えている山口家の者なのですわ」
「五百年ね。なんか、もう、あほらし」
「それはそうと、遥さん、不純異性交遊は禁止ですわ」
「なによ、陽光学園にはそんな校則ないわよ」
「わたくしがいま決めたのですわ。わたくしが校則ですことよ」
「な~に言ってんだか。あたしと博斗先生の仲がいいからひがんでるんでしょ」
「ち、違いますですわ! わたくしの魅力は、あなたなど足元にも及ばないものですから、心配などしていませんですわよ。ねえ、博斗先生?」
「いこうか、遥君」
博斗は言うと、翠を無視して歩き始める。
「が~ん」
「じゃあね、ばいばい」
遥は途方に暮れている翠に手を振ると、博斗に続いた。
「博斗先生?」
「なんだい? 遥君、随分と顔が赤いけど、熱でもあるのか?」
博斗がにゅっと手を伸ばし、遥のおでこにぺたりと触れた。
「あ…」
遥は一声あげると、そのままガチガチに固まってしまった。
「熱はないみたいだな。んで、なんか言うことがあったんじゃないのか?」
遥は、ぽーっとした面持ちから、はっとして、博斗を見上げた。
「そうです。あの、えっと、今日の放課後とかって、先生、お暇ですか?」
「今日? 暇と言えば暇だな。生徒会の定例会が終わればね」
「あのですね、夏休みの間、陽光タワーがライトアップされるんですよ。それが、すごいきれいらしくて…」
「それで?」
「あの、だから、あのあの、も、もしよかったら、あたしと見に行きません?」
「ライトアップか。そうだな、行こうか」
遥は天にも舞い上る気分だ。
校門をくぐった博斗と遥は、照り付ける陽射しから逃れるように、校舎に入った。
二人はそこで、ちょうど教員室から出て来た稲穂と鉢合わせた。
「あ、遥さん。おはようございます」
「稲穂、おっはっよっ!」
遥は稲穂に元気に挨拶した。
「じゃ、博斗先生、約束、忘れないで下さいよ! 今日の定例会の後!」
「ああ。遥君との約束を、俺が忘れるわけがないだろう?」
博斗は歯を見せて笑うと、遥に手を振って教員室に入っていった。
「くう~~~~~! あたし、ついにやった! やったのよ、稲穂っ!」
「あの…何をですか?」
「聞いて聞いてっ。へへ、博斗先生とね、今日、デートしちゃうんだっ!」
「あ、そうですか…博斗先生と…」
稲穂は何事か考え込むような顔を一瞬し、すぐに笑顔になった。
「よかったですね、遥さん。きっと、楽しいデートになりますよ」
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