三十分ほどして、やっと目覚めた燕を帰宅させてから、博斗は帰途についた。


陽光学園を出て、陽光中央駅に向けて歩く。

陽光中央駅の周辺は放射状に区画が整備され、その中心に当たるもっとも太い通りが、アーケードのある商店街「にこにこ銀座」となっている。

この「にこにこ銀座」をまっすぐ通り抜けるのが、陽光中央駅から陽光学園へのメインルートである。


通りをやや進んだところに、特設のステージがあり、特大の笹が飾られていた。

そういえば、七夕抽選会があると聞いていた。期間中、にこにこ銀座の加盟店で買い物をすると福引き券が貰え、福引きができるはずだ。


一等が演歌歌手のディナーショーで、二等がワイド液晶テレビ。三等がアキタコマチ20キロ、四等がお団子頭が可愛いキャラクター巨大ぬいぐるみ、五等が特製Tシャツで、参加賞が手ぬぐい。


博斗は財布を引っ張り出し、中を確認してみた。

抽選券は七枚。

狙いは、やはりアキタコマチだ。これだけあれば三ヶ月は食っていける。


ふと、博斗は立ち止まった。

おや? あの後ろ姿は…。


若者に人気のゲームスポット、ニコニコファンタジアの前だ。

一階がキャッチャー系ゲーム、二階が筐体ゲームとなっているのだが…。

キャッチャーに向かっている後ろ姿が…どう見ても燕だ。


燕は、ふるふる首を横に振ると、がつんとキャッチャーの筐体を蹴飛ばした。

そして、振り返りもせずそのまま二階に向かう。


博斗は慌ててその後を追った。


一階は電子的な音色の軽快なBGMがフロアーに流れていたが、二階はうってかわって、筐体から出るエンジン音や撃墜音、荒々しい格闘音に支配されていた。


燕は、向かい合わせに設置された対戦型の筐体に向かって腰掛けている。

見ると、燕の向かい側には、学ランの高校生らしい男が座っており、燕と対戦している。


何気なく見はじめた博斗だったが、ほう、と唸らずにはいられなかった。


「うぉぉぉぉっ? なんだこりゃーっ! こんなつええ奴いるのか!」

あっけなく敗れ去った学ラン君の悲鳴が聞こえる。

学ラン君は吠えると、筐体から離れ、自分の対戦相手を見た。


「げっ! 女! しかもがきんちょ!」

学ラン君はがっくりと肩を落としながら、歩き去った。よっぽどショックだったのだろう。


強いじゃないか、燕は。

ゲームのことはずいぶんと覚えているものだ。

博斗はあまり詳しくはないが、技の組み合わせなど相当な数だと思うのだが、そつなく技を繰り出していたし、あの学ラン君の反応からして、燕の強さは相当なものなのだろう。


ひょっとしたら、燕は、決して頭が悪くなんかないのかも。

…ただ、自分の興味のないことにはひたすら無頓着。


つまり、燕が悪いのではなく、結局、つまらない勉強をさせる博斗達が悪いのかもしれない。

勉強が、もっと面白く、実りあるものなら、燕の才能を、もっと引き出してやれるのではないか。


とはいっても、実際問題として赤点をとるのを黙って見過ごすわけにはいかない。

今回は、みっちり勉強させるしかないだろう。


「うまいもんだな。燕君」

「あ、はくとせんせい!」

燕は両手で頭を押さえた。


「ぶったりしないって。陽光学園は学園の外の生徒の行動には関知しないきまりだからな」

「ほっ」


「でも、テスト前だと話は別だ。早く家に帰りなさい」

「うん。つばめ、もう帰るもん。智恵たんはずれちゃって、つまんないし」


「智恵たんってなんだ?」

「福引きするとね、智恵たんのおっきいぬいぐるみが当たるの」

「なんだ、ぬいぐるみほしいのか?」


「うん。三回やったの。でも…」

燕は鞄から「粗品」というのし紙のついた手ぬぐいを取り出した。

「あーあ、参加賞か」

「ぐすっ。智恵たんほしかったのに」


博斗は、財布の入っているポケットに手を当てた。福引き券ね…う~ん。


「でもね! まだ明日もあるからね、だからね、つばめ、明日もやってみるんだ!」

燕は言うと、意気揚々と階段を駆け降りていった。


「そうだな。何事も、自分の力でチャレンジだ。…って、待てよ。そりゃあ、明日も寄り道するってことか!」


やれやれ、先が思いやられる。

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