競技が開始され、ひと通りざっと観客席をまわった博斗だが、これといって気になる異常はないようだった。


総合本部のテントには、桜一人がぽつんと座っていた。

「桜君? 他の連中は?」


「みんなどっかいっちゃったよ」

桜は隣のテントを指差した。

「由布はそこ。審判の管理してる」


すでに体操服となっている由布は、笛やストップウォッチを審判担当の生徒に渡し、競技結果の紙を受け取るという仕事をしている。


こうして体操服になると、由布はすらりとして美しいスタイルをしている。

そう、大和撫子という形容がぴったりである。腰の辺りまでふさっと垂れたポニーテールがまた、心憎い。


由布をぽけっと見ていた博斗は、耳たぶを桜に引っ張られた。

「い、い、いて」


桜はぶっきらぼうに呟いた。

「遥と翠は自分のクラスのところにいっちゃった。あの二人、対抗意識激しいからクラスの応援してる。あと燕は、審判もしてるし、何種目も走ってるから、たぶんここには帰ってこられない」

桜は指でコースを指した。


トラックのコースを見ると、いままさに2年生の200メートル走が行われようとしていた。

五人がスタートラインに並び、頭一つ背の低い燕が真ん中の辺りのコースに立っている。


バン、とピストルが鳴り、スタートが切られた。

驚くべきことに、背の低さと、足の短さで明らかに負けているはずの燕が、スタートから稲妻のように飛び出し、驚異的な速さでカーブを曲がりきると、そのままあっけなくゴールテープに飛び込んだ。


「すごいよ、やっぱり、燕は」

桜は惜しみなく拍手を贈っていた。


燕はゴールで待っていたクラスの仲間達にもみくちゃにされて、満開の笑顔を振りまいていた。

かと思うと、その輪を飛び出し、こっちに向かって一直線で駆けてくる。


「つばめ、また勝ったよんっ。ね、ね、えらい? えらい?」

「偉いよ、燕は。ほんとに、すごいよ。なでなで」

「ゆふーっ、次、つばめ、しんぱんなの。とけいちょうだい!」

由布は柔らかい微笑みを浮かべると、燕にストップウォッチと紙を渡し、懇切に説明をはじめた。


「あーーーん、もうっ! 燕は一体何種目に出てるのよ!」

ぷりぷりとしながら遥が本部にやってきた。

「こんなんじゃ翠のクラスに勝つどころの話じゃないわ! 燕のところにぜんぶ持ってかれちゃう!」


「あーら、奇遇ですわね。同じことを考えていらっしゃるなんて」

と、これまた腕組みをしたまま翠が本部の前にやってきて、遥と突き当たった。


遥と翠は、珍しく意見の一致を見たことで、なにやらぼそぼそと話し込んでいる。

「いまからルール、変えませんですか?」

「ああ、複数種目への出場禁止って? …でもいまから変えたら大混乱。無理無理」


「じゃあ、燕さんのコースに落とし穴をしかけておくとか…」

「あっ、そんなのより、燕のいくところに食べ物置いとけばいいのよ。んで、その食べ物を少しずつ食べていくと、いつのまにか校門を出ていて、はい、さようなら、ってのはどう?」

「…どこかの漫画にあったような話ですわね」


「こらこら、なんの話をしてるんだ」

「お、おっほほほほ。じ、冗談ですわよ、博斗先生」

「なんか、そのわりに真剣な表情だったぞ」


遥は舌を出した。

「はあっ。でも燕ってすごいよねえ。変身しなくても充分なんじゃないの?」

「まったく」

翠が同意した。

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