7
競技が開始され、ひと通りざっと観客席をまわった博斗だが、これといって気になる異常はないようだった。
総合本部のテントには、桜一人がぽつんと座っていた。
「桜君? 他の連中は?」
「みんなどっかいっちゃったよ」
桜は隣のテントを指差した。
「由布はそこ。審判の管理してる」
すでに体操服となっている由布は、笛やストップウォッチを審判担当の生徒に渡し、競技結果の紙を受け取るという仕事をしている。
こうして体操服になると、由布はすらりとして美しいスタイルをしている。
そう、大和撫子という形容がぴったりである。腰の辺りまでふさっと垂れたポニーテールがまた、心憎い。
由布をぽけっと見ていた博斗は、耳たぶを桜に引っ張られた。
「い、い、いて」
桜はぶっきらぼうに呟いた。
「遥と翠は自分のクラスのところにいっちゃった。あの二人、対抗意識激しいからクラスの応援してる。あと燕は、審判もしてるし、何種目も走ってるから、たぶんここには帰ってこられない」
桜は指でコースを指した。
トラックのコースを見ると、いままさに2年生の200メートル走が行われようとしていた。
五人がスタートラインに並び、頭一つ背の低い燕が真ん中の辺りのコースに立っている。
バン、とピストルが鳴り、スタートが切られた。
驚くべきことに、背の低さと、足の短さで明らかに負けているはずの燕が、スタートから稲妻のように飛び出し、驚異的な速さでカーブを曲がりきると、そのままあっけなくゴールテープに飛び込んだ。
「すごいよ、やっぱり、燕は」
桜は惜しみなく拍手を贈っていた。
燕はゴールで待っていたクラスの仲間達にもみくちゃにされて、満開の笑顔を振りまいていた。
かと思うと、その輪を飛び出し、こっちに向かって一直線で駆けてくる。
「つばめ、また勝ったよんっ。ね、ね、えらい? えらい?」
「偉いよ、燕は。ほんとに、すごいよ。なでなで」
「ゆふーっ、次、つばめ、しんぱんなの。とけいちょうだい!」
由布は柔らかい微笑みを浮かべると、燕にストップウォッチと紙を渡し、懇切に説明をはじめた。
「あーーーん、もうっ! 燕は一体何種目に出てるのよ!」
ぷりぷりとしながら遥が本部にやってきた。
「こんなんじゃ翠のクラスに勝つどころの話じゃないわ! 燕のところにぜんぶ持ってかれちゃう!」
「あーら、奇遇ですわね。同じことを考えていらっしゃるなんて」
と、これまた腕組みをしたまま翠が本部の前にやってきて、遥と突き当たった。
遥と翠は、珍しく意見の一致を見たことで、なにやらぼそぼそと話し込んでいる。
「いまからルール、変えませんですか?」
「ああ、複数種目への出場禁止って? …でもいまから変えたら大混乱。無理無理」
「じゃあ、燕さんのコースに落とし穴をしかけておくとか…」
「あっ、そんなのより、燕のいくところに食べ物置いとけばいいのよ。んで、その食べ物を少しずつ食べていくと、いつのまにか校門を出ていて、はい、さようなら、ってのはどう?」
「…どこかの漫画にあったような話ですわね」
「こらこら、なんの話をしてるんだ」
「お、おっほほほほ。じ、冗談ですわよ、博斗先生」
「なんか、そのわりに真剣な表情だったぞ」
遥は舌を出した。
「はあっ。でも燕ってすごいよねえ。変身しなくても充分なんじゃないの?」
「まったく」
翠が同意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます