7
博斗は声を上げることもできず、思わずエロガンダの瓶から手を放した。小瓶は博斗の手から床に落ち、もろくも砕け散った。
博斗はその破片の中からエロガンダをつまみあげようとした。
しかし、エロガンダの細い蔦が驚くべき速さでするりと伸び、天井の蛍光燈にぐるりと巻き付いた。
蔦はいまや、エロガンダ自身の大きさからは想像もできない異様な長さとなっていた。
博斗が戸惑っているうちに、エロガンダは、蔦の反動を使ってぱっと飛び上がり、ターザンのように宙に浮いた。
そして、開いた窓から飛び出した。
「あ、くそ、待てっ!」
博斗は、教員室を飛び出した。
エロガンダは驚くべき速度で廊下を進んでおり、すでにその蔦の一つが保健室のドアのノブをつかんでいる。
エロガンダはなんとノブを回して保健室に侵入した。
「ひかりさん!」
博斗も保健室に飛び込んだ。
エロガンダは、博斗の見る前で、もくもくと膨れ上がり、保健室の天井に届くほどの巨大な姿を現した。
数百本とも数千本ともつかない無数の蔦が絡み合い、人間でいえば頭に当たる部分に、例の毒々しい鮮血のような赤い色をした花を咲かせている。
「これが、エロガンダの正体か!」
「ムーの仕業ですね…」
ひかりは苦々しく言った。
「ひかりさん、ここは俺が。彼女たちを呼ぶんだ。…頼む」
「はい…お気をつけて」
ひかりは身を翻して保健室から出ていった。
博斗は、エロガンダを見た。
巨大化したエロガンダの前に、セルジナが両手を横に広げ、大の字に立っていた。
「ミスタ博斗、ワタシの大事な花! 壊しては駄目でっす!」
「なに言ってやがる! そいつはもう、生徒の血を吸ってるんだ! そこをどけ! セルジナ!」
「ノー、ワタシ、そんなことしない! みんな、大事な教え子ね。エロガンダ、確かに血を吸うの。それ、ワタシの血あげてました!」
「な、なんだって?」
博斗は仰天した。
「エロガンダ、人の血で育ちまっす。だからワタシ、ワタシの血、あげました。何か、悪いですっか?」
「悪いとか悪くないとか、そんな問題じゃない! お前、自分の人生決めんのに、そんな葉っぱなんかに頼って、おまけに自分の血なんかやって、そんなんでいいのか?」
「オーウ、ワタシ…」
「そんなんじゃ、いい国なんて作れないぜ!」
博斗は、そのときになってようやく、セルジナの身に迫った危険に気づいた。
エロガンダの奇怪な蔦が、ゆっくりとセルジナとの距離を詰め、四方からセルジナに忍び寄っていたのだ。
「セルジナ! 逃げろ!」
博斗は思わず叫んだ。
だが、その言葉が引き金になったかのように、エロガンダの蔦はざぁっとセルジナを包み込むと、瞬く間にその緑と赤の極彩色で覆ってしまった。
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