「私も準備、お手伝いしましょうか?」

それまで定例会の様子を見ていた稲穂が、遥に声をかけた。


「…けっこう体力使うけど、それでもオッケー?」

「はい。自分の使う舞台は自分で用意しないと…」


「?」

博斗は首を傾げた。何か妙な言い回しだったが…。


稲穂にそのことを尋ねようとした博斗だったが、翠に指を突きつけられた。

「先生はひかりさんと先に体育館に行っててもらえませんですか? 鍵を開けてもらわなければいけませんし…」


その先を桜が引き継いだ。

「…僕たちこれからジャージに着替えるからさ。ほら、早く行ってよ、せんせ」

桜は博斗をドアから外に弾き出した。猛烈な勢いでドアが閉まり、ガチャリと鍵がかかった。実に手際よい。


仕方なく教員室に戻り体育館の鍵束を取った博斗は、保健室に立ち寄った。

「ひかりさーん? あのー、生徒総会の準備しますんで」

「あら、もうそんな時間ですか。…部屋を片づけたら、すぐにお伺いします」

「んじゃ、頼みますよ」

博斗は手を振って保健室を出た。


教員室や実験室のある2号棟を出ると、中庭になっている。

中庭にはレンガ敷きの遊歩道、噴水、花壇があり、ところどころに置かれたベンチでは、昼時になると生徒達が弁当をつまむ姿を見ることが出来る。


中庭を挟んで反対側には、1号棟2号棟とちょうどシンメトリーになるように、3号棟4号棟が配置されている。

3号棟は、一階に学食、二階に購買部を持ち、三階が合宿所となっている。

4号棟は地下にプールがあり、地上は体育館と格技場がその場所を占めている。


このように陽光学園は、いかにも私立高校らしい、整然とした美しい学園設備を持つが、大半の建物は二年前、つまり翠の入学が決まった際に、その父親の膨大な寄付によって改築されたばかりである。


博斗が理事長から聞いたところでは、防衛施設をなんとかしようと悩んでいたところに、ちょうど翠の父親がどかんと寄付をしてくれたのだという。なんとも、どっちもどっちな話ではある。


博斗は中庭を抜け、体育館に着いた。


息をつく間もなく、ひかりと五人と稲穂も続々到着した。

てきぱきと遥がトランシーバー片手に指示を出し、生徒会の五人は体育館に散っていく。


遥と翠はステージに上がり、放送設備の点検を開始した。明日はこの二人が最も多くマイクを握ることになるからだろう。

二人の表情は真剣で、いつものような突き合いをする気配はない。


桜は、物入れからぐるぐる巻きの横断幕を引っ張り出し、ステージに広げた。

純白の横断幕には、青いゴシック文字で「年度生徒総会」とだけレタリングされており、「年度」の前に、二文字の空白がある。


桜は、生徒会室から持って来たらしき布を広げて、その空白に重ねた。布には年度の数字が、横断幕とそっくりの青いゴシック文字でレタリングされている。


「へえ、うまいもんだな」

「僕、美術部も入ってるし」

と桜。この子は、文化系の物事に関しては天才的な才能を持っているようである。


由布とお手伝いの稲穂は、ステージから降り、移動式のバスケットゴールやネットを取り外していた。


燕は、体育館の隅にある掃除用具入れからモップを取り出すと、猛烈な勢いで往復を開始した。


「うーん、これは、俺の出番はなさそうだなあ」

「立派ですね、彼女たち」


遥が、そんな博斗に目をとめた。

「博斗先生、暇ですか?」

「ああ、暇だよ。なんか手伝うことあるかい?」

「その原稿台をセンターに運んでくれませんか?」


「お安い御用だ」

博斗は原稿台に手をかけると、ぐっと力をこめた。

原稿台は予想以上に重い。

「だ、ダメだ。腰にくる。ちょっとタイム」


「無理しないほうがいいって、せんせ」

桜が、ステージの下に声をかける。

「燕、ちょっと来てよ」

「はーい」


燕はちょうどモップをかけ終わったところらしく、たたたとステージに駆けて来た。

そしてそのままぽんと床を蹴ると、ジャンプ力だけでステージに飛び乗ってしまった。

燕が踏み切りをしたのは、どうみてもステージの5メートルは手前である。どこにそんなジャンプ力が潜んでいるのだろう。


「燕、原稿台を真ん中に」

桜が指示を出す。


「はいはーい」

燕は一息で原稿台を持ち上げた。そしてすたすたと、ふらつくことなく原稿台を運び、ステージの真ん中に置いた。


博斗はなかば呆れていた。燕の運動能力は、いったいどうなっているのだろう? この子は変身しなくても戦えるんじゃないだろうか?


「燕には、こういう仕事があるんだよ、博斗せんせ。だから会議中は寝かせてあげるんだ」

さっき、燕が寝ていても誰も起こさなかったのは、そういうわけだったのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る