第9話
「じゃあ、これとこれ……かな? こっちは自分用で……」
「よく買うねー」
「社割ですもの」
本当にギリギリだったけれど、私は大学卒業後に地元の洋菓子店に就職した。しかもその就職先は私の実家からものすごく近くて、大学を卒業してから間もなく私は実家へと戻った。それにしても近い。自転車で五分くらいの距離。
はっきり言ってしまうと、私が専門的に学んだ学問と、その就職先との関連性(と、いうのか?)は全然と言っても良いくらい……ない。でもそんな人、私以外にもたくさん存在しているのだし、気にしない。それに、就職せずに違うことをしている人もいるみたいだ。例えばフリーターとか。
まあ死ぬよりはマシ。
「こんなに買って、食べ過ぎないようにね」
「違いますって~。友人に渡すものもあるんですよ!」
「あらそう。じゃ、その友人によろしくね!」
「はい」
商品を社員特有のお手頃価格で買い、私は帰った。
「ただいま~」
「お帰りなさい」
家に帰ると、早速母が出迎えてくれた。大学生になる前は、こんなこと当たり前だと思っていた。けれど、大学時代は一人暮らしのため、出迎えてくれる人はもちろんいなかった。淋しい四年間に一人暮らしを経験した今、こうして家に帰れば誰かが待ってくれていることのありがたみが分かる。
「お土産だよ」
「ありがとう」
母は嬉しそうにケーキ箱を持って、冷蔵庫の方へと向かっていった。私は靴を脱いで、まずは手洗いとうがいをした。
喜んでくれて良かった。いつもだけど。
「いただきまーす」
母親と手をそろえ、夕食を食べ始めた。父親は残業で、あと一時間は帰ってこないとのこと。
「おいし~!」
肉じゃがを口にし、私は思わず声を出してしまった。
「あんた、就職してから食欲が増したわよねぇ。おいしいおいしいって」
「体力使うからね~」
「そりゃお腹が空くわよねー」
それだけではない。一人暮らしのときは全然食べられなかった母の手料理を食べられるということへの感動が、まだ尽きていないからだ。実家暮らしを再開させて数ヶ月も経つというのに。
親って、ありがたいな。
「明日、行くんでしょ?」
「うん」
「そう。楽しみね」
「楽しみ~」
「じゃ、行ってきまーす」
「気を付けるのよ~。行ってらっしゃい!」
こうして見送ってくれる人がいるのも、ありがたい。
車の運転はできるのだけれど、今日の目的地は車を使うことがバカバカしくなるくらい、私の家から近いところだ。私は歩いて行った。そして今、着いた。
ピンポーン。
「はーい」
「こんにちはー。小川でーす」
「あら~、いらっしゃいナギちゃん」
「ナギちゃーん」
温かく出迎えてくれたのは、ルミカとママさんと、そして……。
「ほら、ナギちゃんよ。ルナ」
ルミカの愛娘、ルナちゃんだ。
「お邪魔します」
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