4話「ブルースカイで踊りませんか」
暑い。それ以上に茹だる頭の中。状況と事態と展開についていけず、それなのに手を出してしまった俺こと雑賀サイタの迂闊。
電車から降りて昼から気持ちよくマンションの自室で爆睡しようと考えていた俺の携帯電話に着信。猫耳野郎である枢クルリからの連絡。
駅前で鏡テオのライブ後に乱闘が発生だとかですぐに来いとか言われ、もしかして錬金術師機関やカーディナルの仕業かと焦った俺の親切心を返してほしい。
まさかまさかの多々良ララ暴走。見たこともないズレたおしゃれ感覚を発揮した同い年ぐらいの男が襲われていた。
とりあえずなにが起きているかは一切理解できないが、多々良ララが無抵抗の人を攻撃するのを見るのは初めてだった。
大慌てで固有魔法である【
正直車がぶつかったに近い衝撃。散らばる鱗が水滴のように軽く吹き飛んでいく光景は、青い空をさらに青く染め上げているようで、それとは関係なく俺の顔も青ざめた。
普通に人が死ぬ勢いの蹴り。多々良ララの固有魔法【
頭の中は揺れまくって耳鳴りが吐き気を催すし、太陽は暑くて周囲の人は遠巻きに眺めながら携帯電話のカメラを向けてくるし、もうなにから手を付ければいいのか。
硝子の靴がコンクリートを叩く。カツ、コツ、と時計の針のように規則的に。それが跳ぶように走り寄っている音だと認識した時には、眼前に太陽の光を反射する硝子の煌めき。
見惚れて、蹴られて、転がって、起き上がって、翻弄される。目が離せない、色んな意味で。
「頑張れ傲慢野郎。君ならできる」
「やる気のないどこかで聞いたような応援をするくらいなら手助けしやがれ猫耳野郎!!」
張りのない声援に対して怒鳴りながら、踵落としを横に避ける。枢クルリの固有魔法【
その横に深山カノンが寄り添うに立っており、何故かさらに横に針山アイまで。梢さんは鏡テオを背で庇うように立っていて、椚さんは周囲にいる人間や駆けつけた警察官になにか説明していた。
というか道端に設置されている仰々しいカメラは一体なんだ。見た感じではテレビ局で使うような百万はしそうなカメラに見えるんだが、嫌な予感しかしない。
なんにせよ多々良ララの攻撃を避けていく。受け止めても衝撃は鱗を通して伝わってくる。俺の魔法で作った鱗は砕けないし割れないが、散らばるし衝撃は軽減程度。
車が走る道路が横にあって、白い縁石とガードレールがどこまでも続いているような、駅前の広い道。だけど俺と多々良ララを中心に人だかりで円の形ができている。
コンクリートが固い地面の上を部活で疲れた体を酷使して走り回る。男は今も円の少し外側に近いところで尻餅つきながらなにかを握り締め続けている。
横目で確認すれば少し黄ばんでいるが、白い紙に青い絵が描かれた手紙のようだ。折りたたまれているせいで書かれている内容は一切見えないが。
多々良ララの瞳にそれが映り込むたびに俺から標的を男へと変える。あれか、あれが原因か。しかし多々良ララをここまで激怒させるって一体どんな呪われた品なんだ。
長い付き合いとは言わないが、多々良ララがここまであからさまに怒ったところなんて初めて見たぞ。
基本はクールだしなに考えているかわからないイケメン顔だし、そんでもって大食いで男集団でも平気で混ざる神経。うん、年頃女子としてどうなんだろう。
ただ気になるのは怒っているんだけど……涙が浮かんでいるんだよな。本人は気付いていないのか、どうでもいいのか、拭う気配すらないが。
白いレースとレオタードでドレスを再現したような衣装。太陽の下で輝いているはずなのに、少しも楽しそうなじゃない。
というか毎度思っていたことなんだが……多々良ララの場合はレオタード似合わないよな。確かに長く伸びた健脚を見せれるが、なんか違う気がする。
もっと露出優先よりは華やかで動けば舞うような衣装がいいと思う。ラテンとかじゃなくて、スタンダードダンスと言えばいいのか?ワルツみたいな。
多々良ララの雰囲気ならば蝶がいい。軽やかで、鮮やかで、どこまでも飛んでいきそうな。なにより魔法を所有している痣の形が蝶だ。
胸の辺りはすっきりとまとめ上げて、翻るべきスカートや袖辺りが華やかにレースを重ねると良いと思う。モンシロチョウ豪華バージョンのように。
とか考えていたら顎を蹴り上げられた。鱗で固めていたものの、かなり痛い。歯を食いしばっていて良かったと思いつつ、鱗を使って空中に足場を作る。
俺が作りだせる鱗の量は俺の皮膚面積と同じ。小さな足場くらいなら何段でも作れるし、盾にもなれる。ただし散らばりやすいのは御愛嬌だな。
代わりに一枚としてなら砕けないし割れない。弾丸みたいに飛ばすことはできるけど、威力はもちろん銃には劣る。精々投げ槍程度の速度しか出ない。
それでも暑い夏空の下を踏み上がる。青い鱗が太陽の光を反射して、まるで水底で輝く硝子みたいにも見える。多々良ララは馬鹿正直に俺を追いかけてきた。
二人で空を目指して階段を駆け上がるような光景に、道路側でバイクを止めた変な男もこちらを見上げて楽しそうに笑っている。
鱗が続くまで昇り続ける。眩むような陽射しも気にせずに、顎まで伝う汗も気にせず、半袖白シャツの下で曝け出されている漢字Tシャツで手の平の汗だけ拭き取る。
東京のビルよりも高くなった辺りで多々良ララが違和感に気付いたらしい。だけど遅い。なあ、多々良ララ。俺はお前と長い付き合いじゃない。けどな。
お前が俺と同じように、知り合いを無下にできる人間じゃないってことくらいは知ってるんだぜ。
魔法を解除する。鱗が泡のように消える。一瞬の無重力、直後には急降下。まるで逆さまに地面へと向かうジェット機さながらの視界。
多々良ララの魔法は肉体強化。だけどそれだけだ。空気を蹴れるわけじゃないし、硝子の靴も踏みしめるための地面がなければ強力な蹴りが出せる訳じゃない。
だけど俺の狙いは違う。肌に感じる切り裂くような風を受け止めながら手を伸ばす。呆然とした顔で多々良ララは俺の顔を見ている。
「ララ!」
「っ、サイタ!?」
俺が魔法を使わないと決めた気配を感じ取ってくれたらしい。多々良ララも手を伸ばして、俺の手を掴んで引き寄せてくる。
地上何十メートルからの降下。普通の人間だったら死ぬ確率が大きい。俺だって自分の魔法を使ったとしても衝撃で意識を失い、下手したら後遺症が残る高さ。
でも多々良ララは違う。まるで空中散歩するように飛んで、着地できる脚力と身体の強さがある。多々良ララは真剣な目でコンクリートに向かって落下していく。
轟音。コンクリートにはもちろんひびが入った。だけど俺と多々良ララは傷一つない。白いレースが着地した際の風で浮き上がる姿は蝶が羽を休めたように見える。
俺は情けないことにお姫様抱っこされて助けられた。俺の方が多々良ララよりも体が小さいから馴染んでしまうのが悔しいが、そろそろこの体勢にも慣れてきたものだ。
見上げていた観客達からは拍手が送られた。呑気に見世物にしやがって。しかし今はそれよりも俺ができることをするか。
「……ん?アタシ、今名前を呼ばれて呼んで……」
「ララ。暴れ足りないだろう?」
多々良ララが真っ赤にしていた顔から明らかに不審物に向ける視線で俺を見る。名前なんて些細なことはどうでもいいだろう。
「俺が相手になってやるぜ。よし、来い!」
喧嘩を始めるような姿勢で待ち構える。つまり多々良ララが他のことは気にならなくなるくらいに俺が相手してやればいい。
少しの沈黙、針山アイと深山カノンからの冷たい目、枢クルリは明らかに肩を落としており、鏡テオに関しては次になにが起きるか楽しみにしている子供状態。
多々良ララは顔を俯かせ、肩を震わせ、息を漏らすような嗚咽。まさかこの流れで感動して泣いているとかだったら鼻から素麺食べていいぞ。
「ふ、ふ、ふざけてんのかぁあああああああああ!!!???」
ですよね。やっぱり怒ってましたよね。と思わず心の中の言葉でさえも敬語になってしまうほどの鋭く突き出された足。
いやだって俺はお前のことは多少知っているが、今の状況は一切知らないぞ。なにも説明しなかった猫耳野郎の怠慢だと責めてくれ。
避けて回り込むように体を捻らせる。腕を使って遠心力を利用するように、足首も柔軟に動かして蹴りの勢いに合わせるように。
もしも本当に当たりそうならば改めて発動した魔法によって散らばる鱗を空中で小さな盾を作る。散らばれば魚のように空気の中を泳ぐ。
多々良ララの足音は規則的で、時計の針や胸の鼓動を聞いているような安心感。俺はひたすらに持ち前の拙いリズム感で足取りを合わせる。
カツ、コツ、カカッ、と硝子の靴がコンクリートを刻むように打ち付ける音の軽やかさが心地いい。人だかりの円が盤上か舞踏場のように見えてくるほどだ。
手を取り合うことはない。
スポットライトと言うには眩しくて熱すぎる太陽の下、青い鱗が散らばる水中、固い地面の海底で舞うように。
俺は人魚姫は嫌いだけど、シンデレラは好きだ。幸せになる話は大好きだ。都合が良くてもいいじゃないか、不幸せよりも輝いている。
白いレースが舞う。回し蹴りが俺の腹を掠めるが、気にせずに勢いを殺さないまま見様見真似のダンスで汗を流す。
顔が緩む。笑ってしまう。楽しい、今、俺は心の底から形式もなにもないダンスが面白くて仕方ない。多々良ララと踊るのが嬉しい。
多々良ララの動きが完璧に踊りであるからだ。時には背中合わせ、時には向き合って、時にはぶつかり合うように、二人で踊り続ける。
周囲で眺めていた人々から手拍子が送られ始める。深山カノンが鏡テオに頼んで携帯電話とスピーカーを繋げ、ダンスらしい曲を流し始める。
さらに多々良ララの動きが華やかに、繊細さを増して、大胆に鋭くなっていく。硝子の靴の硬質な音が楽器のように耳の中に響く。
水面に滴が落ちる音に似ている。氷に亀裂が入る音とも言える。でもその二つよりも強くて輝く、硝子の音。多々良ララだけが繰り出せる音。
ああでもそうじゃない。もっと多々良ララに似合うドレスがあるはずなのに、あの固有魔法で再現できる衣装はあれが限界なのか。
多々良ララの表情は浮かない。まだ困惑が続いているように、気になることが残っているように。道路からバイク上で眺めている男は俺達を値踏みしている。
でも違う。もっと視界が狭まって、世界が広がるような感覚がどこかに残っているはずなんだ。俺達ならそこに辿り着けるはずなんだ。
俺は一息で多々良ララの懐に近付き、下から顔を引き寄せる。至近距離の整った顔は驚きに満ちていて、滴り落ちる汗が頬を伝う。
そういえば踊りを誘うのに必要な言葉があったはずだ。映画のタイトルにも使われるような、俺には似合わない気障な台詞が。
動き続けたせいで鈍い動きをする脳味噌の奥から無理矢理引きずり出して、舌の上に乗せる。
「シャルウィーダンス?」
「……ふ、似合わない」
うるせえ。でも多々良ララが気が緩んだように笑い、再度蹴るように体を動かした。けど今度は決定的に違う。自分の体を動かすための蹴りだった。
可憐な笑みなんかじゃなかった。挑むような勇ましい笑みを浮かべた多々良ララが動き出す。俺をリードするように、指先まで神経を通したように綺麗な姿勢で。
俺はそれに合わせて動き続けるだけだ。軟式とはいえ野球部で身に着けた運動能力ならば、ついていけるはずだ。さあ、もっと踊ろう。
なんでこうなっているのかわからないまま、アタシは踊っている。多々良ララとして、雑賀サイタと踊っている。
手を握り合うことはない。なのに体は至近距離で、下手したらぶつかって倒れそうなほどなのに、不思議と呼吸が合う。
周囲に散らばる青い鱗すらも踊っているようで、青空の下、海の中、太陽の光を浴びながら踊っているみたいで、童話の中に溶けたよう。
英語の発音が下手なサイタのせいで、頬が緩む。笑みを浮かべてしまい、好きなように動き続けて、思うが侭に手足を一連の流れにする。
こんな浮かび上がってしまいそうな気持ちでは、今のドレスは不釣り合いだ。軽やかに、華やかに、人の目を引き付けてしまいそうなドレスがいい。
フロートを着用したい。腕の動きに合わせて体に寄り添うように舞う長布みたいなもので、蝶の柄がいい。灰から作られるステンドグラスのような柄。
足は見せなくていい。翻るスカートで風が感じられるように、上から見れば花開くような広がりを見せるレースとフリルがあれば最高。
逆に胸は爽やかに飾りを少なくして動きやすいように。息切れして動けなくなるのはもったいないもの。アタシはいつまでも踊っていたいほど、今が楽しい。
シンデレラ、アンタも同じでしょう。今しかない、瞬間的な高揚。時が止まってしまえばいいのに、止まってしまうのが惜しいほどの時間。
魔法使いがいるならば、今すぐこのドレスを相応しくしてほしい。動きやすいだけじゃ駄目だ。もっとサイタと一緒に踊りたいもの。
なにも気にならなくなるくらいに踊り続けたい。サイタと一緒なら、視界が狭まって世界が広がるような感覚が身に着けられるかもしれないから。
もしかしたら万が一の確率で、アタシは──初めてアタシを好きになれるかもしれないの。だから誰でもいい、力を貸してほしい。
路上でバイクから様子を窺っていた男が笑ったと思った瞬間、アタシの周囲に霧が煙るように灰が舞い散る。
サイタや見ていた人々は驚くけど、それ以上にアタシは驚きながら背筋が震えた。望んでいた物が手に入り、もっと高みに行けると確信した瞬間。
灰を振り払うために両腕を羽根開くように動かす。白の濃淡と金でステンドグラスを意識したようなフロートが腕に合わせて広がる。
足は全く見えないけど動きやすい長スカート。それに合わせて白百合の色を意識したフリルとレースが太陽の光を受けて輝く。
胸元には真珠の飾りが控えめに着けられているだけで、肩は出している。首には白いチョーカーに金色の蝶飾り。髪には花を意識したティアラ。
アタシはサイタに手を伸ばす。挑発するように、取り合うためではなく誘い込むように、笑みを浮かべながら告げる。
「Shall we dance?」
「っ、上等!」
後は息が続くまで、足が動くまで、胸がはち切れそうなほど踊り続ける。針山アイやカノンが驚愕していることには気付かないまま、サイタと一緒に。
アタシはどこまで行ってもアタシ。夢の中で蝶になってもアタシ。今はそれがいい。アタシがアタシでいるから、サイタと踊れているのだと気付く。
誰かを好きになったアタシ、社交ダンスを続けているアタシ、髪が短いアタシ、魔法を使うアタシ、その全てが今を盛り上げていく。
わかったよ、シンデレラ。自分を嫌悪しなくていいんだ。例えどんなアタシでも、誰かが羨ましくて嫉妬しても、確かにアタシしか手に入らない物があるんだ。
硝子の靴も美しいドレスも、装飾品。それが重要じゃないんだ。本当に必要なのは笑みを浮かべられる自分自身なんだ。
楽しい。ありがとう、サイタ。アンタがいるから初めてこんな気持ちを抱けた。なんの遠慮もなく、全力で、好き勝手できる。
王子様なんていらない。お姫様になる気もない。だってアタシは、多々良ララ。どんなアタシでも、胡蝶になっても、変わらないことなんだ。
俺の目の前で、九十度直角でお辞儀している男と、綺麗に折りたたまれた黄ばんだ紙を差し出されている多々良ララ。
ひたすら型破りに踊り続けた俺は疲労困憊も相まってガードレールに背を預けて動けなくなっていた。た、体力お化けだった。
そして椚さんが途中で不思議に思っていたカメラを片付けながら、警察の人から小言を受けている。梢さんもその対応に追われている。
「ああなるだろうと思って、撮影許可取ってやんごとない流れにした」
「全て見通していやがったのかよ、猫耳野郎ぉ……」
平然としている枢クルリに恨み言を漏らすように声をかける。つまり多々良ララはあの男に出会えば暴れると。
そして鏡テオのライブを俺が帰る時刻に指定したり、いざという時の代理として針山アイを深山カノンを通じて呼んでいたとか、お前は漫画の黒幕か。
鏡テオは俺の傍でさっきのことについて興奮しながら話しているが、言葉の順序が滅茶苦茶な上にドイツ語らしき言葉が混じるから、暑さでやられているようだ。
ちなみに針山アイはいつの間にか姿を消しており、深山カノンは多々良ララの傍にいながらもどこかへ電話している。
元の服に戻った多々良ララの姿は大人っぽい白のワンピースに青の模様が綺麗な姿だった。もしかしてデートだったのか、と思うくらいには気合の入った服装だ。
右足首には見たことがない花と蝶をあしらった金の
さっき路上でバイクから眺めていた男はミニパトに追われて姿を消している。どこかひっかかる印象の男だった。俺は似たような気配を知っているような。
なんにせよ聞こえてくる会話から俺は状況を追うしかない。ノリと勢いで行動し続けたものの、俺は今回のこと一切理解してないからな。
「ララ、ごめん!俺……やっぱお前を友達以上に見れない!」
どうしてそこから切り出した。俺のツッコミは喉まで出かかったが、多々良ララが明らかに落ち込んでいるので声に出せない。
「でも……手紙、本当に嬉しかったんだ。初めて誰かの気持ちに触れて、好意を受け取ったから……浮かれた」
「……そう。アタシも、初めてだったよ」
「うん。だからお前の手元に帰すのが一番いいと思う。これは確かに……お前の気持ちだもんな」
多々良ララは黙って手紙を受け取り、胸の前で手紙を隠すように両手を重ねている。つまりなんだ、俺は惚れた腫れたに付き合わされたのか。なんて迷惑な。
男の方はあまり趣味が良さそうに見えないが、多々良ララはあんなのが好きなのだろうか。意外だ。けど馬鹿正直さはあまり嫌いじゃないかもな。余計な一言も多そうだが。
「ありがとう。俺を好きになってくれて」
「うん、ありがとう。返事をしてくれて」
失恋したはずなのにお礼を言い合う爽やかな甘酸っぱい光景に、俺は思わず目を背けてしまう。見ている方が恥ずかしくなってしまう。
そして多々良ララは深山カノンに連れられて別の場所へ移動していく。男の方は何故か俺の方に近付いてくる。近くで見てもやっぱり趣味が悪い。俺が言えたことじゃないが。
「初めまして。俺は小泉ソウジ。お前がララが言ってた雑賀サイタでいいのかな?」
「……そうだけど。アイツ、そんなに俺のことを?」
「チビで料理が上手くて傲慢でお節介焼きと聞いてる」
「チビは余計だ!!ぐっ、ララの奴……」
苦笑する小泉ソウジのことも気にせずに、深山カノンと姿を消した多々良ララの顔を思い出す。いつものクール顔で適当な紹介しやがって。
いや大半は当たっているけど、そこは良い所だけを抽出して紹介してもいいじゃないか。特に身長情報はいらないだろう、確実に。
「……すげぇ、ララと息が合ってた。正直見惚れて、嫉妬した。けど俺にそんな資格はないくらい、アイツに最低なことしちまった」
「そうかよ。けど嫉妬の一つや二ついいじゃないか。それだけ他人の良い所が見えてるっていうことだろ?」
羨ましい。妬ましい。マイナスなイメージが多い言葉だけど、要は相手の良い所に目が向きやすいってことだろう。
嫉妬すればするほど相手がよく見える。劣等感を抱くかもしれないけど、そこは区別すればいい。自分は自分、他人は他人ってな具合に。
少なくとも他人に対して悪態しかつけない俺よりは良い奴だと思う。誰かをそれだけ見つめられるっていうのも一種の才能かもしれないだろう。
「……お前、変な奴だな!」
「初対面の相手に使う言葉じゃねぇ!」
なんか笑いながら指差されたぞ、おい。随分気安い上に失礼な奴め。多々良ララはどうしてこんな奴が好きだったんだ。
「ははっ、あー、そっかぁ。ララはもう俺を好きにならなくていいのか。俺はいまだ……ミズキちゃんんんんん!!」
「誰だよ。泣くなよ。もうお前家に帰れ!俺は疲れたし、これ以上は面倒を抱えたくない!」
「そうそう。メンドーだけど、どうやら錠の一つが関わったみたいだし」
「そうだ、錠の一つが……なんだって?」
思わず枢クルリの言葉に流されそうになったが改めて聞き返す。錠が関わる。普通では使わないが、俺には心当たりが一つ。
扉を開くために必要な七つの鍵と錠。全員が同じ姿かはわからないが、一人は確実に人間の姿をしているらしい。
「途中で魔法が変化した時、カノンが呟いた……慈愛が現れたって」
慈愛、ねぇ。そんな単語が似合うような奴があの場にいただろうか。綺麗な女性の姿なら大歓迎だけどな。
「仕組みはわからないけど、ララは認められたのかもしれない。だから魔法が──進化した」
「進化?うーん、ということはあのドレス状態から繰り出される蹴りは殺人級となるのか」
「そう単純でもないと思うけどね。なんにせよ危険を感じるならば……鍵が一つできたということ。カーディナルが動き出すかもね、メンドーなことに」
「……針山アイは!?」
姿を消した針山アイ。最近は忘れかけているが扉を閉じたい組織、カーディナルの一員。そのために候補すら殺しかけている。
候補ですらそれならば鍵として確定した瞬間、殺されるはずだ。走り出そうとした俺の首を掴む枢クルリの手。シャツが首を絞めて蛙が潰れたような声が俺の喉から。
咽る俺のことも気にせずに枢クルリは呆れたように息を吐いている。お、俺は真っ当に多々良ララを心配しているのに、なんで呆れられているんだ。
「落ち着きなよ。鍵が欲しい組織、錬金術師機関というのがあるの忘れた?カーディナルが殺す気で襲おうと思えば、錬金術師機関が死ぬ気で止めると思う。メンドーなことに」
「よ、よくわかんないけど……ララの魔法で誰かに負けるとは思えないな。幼馴染として、あの固有魔法の強さは先程同じように威力を目の当たりにしてるし」
「僕達の中で一番強いもんね。やっぱりララはかっこいいなぁ!ヒーローみたい!」
「お前ら……一応俺達の中では紅一点の扱いくらいしてやろうぜ」
どう足掻いてもイケメン女子。多々良ララの信頼ぶりがその一言で表してしまえるのが悲しくなってくる。
枢クルリが大丈夫と言うならば大丈夫だと思いたいけど、一体さっきの騒動の中でどうやって認められることになったのか。
そして姿形は一体、と考えたところで俺はバイクに乗っていた男の気配を思い出した。アイツだ、前にコーヒーショップでぶつかった少年、魔人と同じ気配だ。
どう見ても人間の姿で観客の中に自然と紛れ込んでいた恐怖。というかもう少しそれらしいオーラ出せよ、魔人。
そしてミニパトに追われんな、魔人。日常生活に溶け込みすぎだろう、なんというか響きとしては超常的な存在なはずなのに。
なんにせよ少し風向きが変わってきたな。深山カノンが多々良ララを守ってくれるといいんだが……どう思い浮かべても逆の図しか浮かばない。
女子同士で積もる話があるのか、それとも警告するために場所を変えたのか。とりあえず俺ができるのはここまでだろう。後は全て任せたぞ、多々良ララ。
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