4話「ギフトボックスの秘密」
暑かった。夏場の台所は地獄だ。そこで豚の生姜焼きとクリームシチューを同時調理した俺、
しかしお礼をしたのは
多々良ララは食器の準備をしただけ。枢クルリは食費を出しただけ。お前ら、感謝が足りないと俺だっていじけるんだぞ。
「美味しそうな香り!ソフィアのシチューとはまた違う匂いだー」
「そこは母親のシチューじゃないのかよ」
「うん。だって知らないもん」
気にした様子もなく無邪気な声で答える鏡テオ。俺は何度もぶつかる疑問に、鏡テオが何者なのか掴めなくなる。
二十代の青年で、夕方に駅前でストリートライブをしている。ドイツ人と日本人のハーフで、六年前にオッドアイになったとか。
固有魔法所持者で、強欲な白雪姫の候補。ただしカーディナルや錬金術師機関だけでなく、政府も危険視する人物。
シチューを見てはしゃぐ姿は犬にしか見えないこいつが、と思わずにはいられない。大体魔法も薬質系で、腫れを引かせる程度のものだったじゃないか。
こんなのを政府は危険視するなんて、落ちぶれたもんだ。最近も人工エネルギー含有物質として研究しているエリクサーの副産物が流出しているとかなんとか。
税金を使って働いている割にその実情は民衆に伝わらないなんて、涙が出てくる話だよな。しかし小市民である俺には無関係な事柄ではある。
「サイタのご飯ありがたやー」
「それが感謝の言葉か。もう少し心込めてほしいところだな。せめて棒読みは止せ、猫耳野郎」
「いつもありがとう。おかわりしてくる」
「そして多々良は速いな!?お前の燃費はどうなっている!?」
賑やかな食事風景は家族を思い出す。バカップルな阿保夫婦の親に、我儘好き放題の妹達。なんか涙出てきそうだ。
とりあえず俺はテレビでもつけて今日のニュースでも眺めるか、とリモコンを手にした。同時に床に落ちる封筒。
そういえば鏡テオの保護者なのか、椚さんという人が返してくれたのを放置したままだった。よく見れば中に紙が一枚。
俺は千円札以外入れた覚えはないため、これは椚さんが入れたものだろう。もし大事なことが書いてあったらやばいな。
一日以上は放置していたし、慌てて紙面に書かれた文字を読む。そこには思ったよりも几帳面な文字で不可解なことが書かれていた。
【これ以上坊ちゃんに関わるな】
簡潔で、しかし理由もなにもない。というかその坊ちゃん、自ら俺達に関わってきているんだけど、どうするんだよ。
幸せそうにシチューを食べている鏡テオ。勢いはあるが、やはり多くは食べれないらしい。今日も半分ほど残すだろう。
見た感じ警告文だとは思うが、物騒な文言だな。捉え方によっては脅迫に近いが、一体なんなんだ。
「……テオ、お前友達とかいるか?」
「ううん。いないよ。それが?」
「いや、俺達で良ければなってもいいぞ、と思ってな」
誤魔化すつもりで適当なことを言ったが、鏡テオは満面の笑みと期待を乗せた顔をする。藪蛇だったかもしれない。
それにしてもあっさりと友達ゼロ宣言したな。その割には暗い様子がないというか、それが常識のように思っている節があるような。
もしかして椚さんとかが鏡テオに友達作らないように配慮していたのか。それは世間では大きなお世話というんだがな。
「友達かぁ。えへへへへへ。ソフィアに今度会ったら自慢しちゃおう!」
またか。どうも鏡テオの重要人物はソフィアという女性らしい。どうして両親に関しては疑問形なんだ。
前に枢クルリが見せてくれた鏡テオの親らしき男性の家族写真。そこには鏡テオそっくりの男がいたが、鏡テオはいなかった。
鏡テオにそっくりな男。五年前の写真らしいが、両目とも緑色だった。六年前から緑と青のオッドアイである鏡テオと明らかに年数で矛盾が出る。
こいつには謎が多すぎる。の割には本人はなにかを隠す様子がない。全く知らない子供のような無邪気さだ。
とにかくテレビでもつけるか、と俺は再度リモコンを手にして操作する。公共放送の固いニュースでも見て、適当に会話するか。
すると最初は前消したチャンネルのままで、バラエティ番組を主とした放送番号だった。画面上部でニュース速報という字が表示される。
魔法管理政府ドイツ支部で不正発覚。警察による介入が始まる。
これはまたタイムリーな内容のニュースだな。人工エネルギー含有物質の副産物とかいうアレ繋がりか。あの時説明していた眼鏡のおっさん笑えたな……あ。
今日コーヒーチェーン店で見かけた眼鏡のおっさん、あれがネット上で悪い意味で画伯と名付けられたおっさんじゃねぇか。なんで思い出せなかったんだよ、俺。
まぁ思い出しても追及するつもりとか、サイン貰うつもりもなく、ぶっちゃけ俺とは無関係の人なんだよな。強烈インパクトのおっさんだけどよ。
とするとあの時ぶつかった外人、政府関係者なのか。その割には若く見えたけど、それも俺には関係ないことか。
世の中には無関係・無関心。友人にすら無関心系男子とぼろくそに言われた俺のライフスタイルだ。正直傲慢野郎と言われた方が清々しいけどな。語呂もいいし。
でも最近はその無関心や無関係が通じなくなってきて困る。俺は日々安穏と送りたいだけだというのに、迷惑な話だ。
「へー。税金泥棒じゃなかったのか」
「クルリ、世の中には口に出していい単語とそうでないのがあってな」
「でも思うよね。それに家の中でまで言論規制されたらデモ行進しなきゃ」
「多々良、お前まで……ま、別に良いけどよ」
訂正するのも馬鹿馬鹿しくなった俺は二人の言葉を受け流す。枢クルリは食べながら携帯電話でネット検索をかけている。行儀悪いな。
俺も一応二杯目のクリームシチューを食べ終えて、食器を片付けやすいように整えてから久しぶりにSNSを開く。毎秒誰かが呟いては消えていくシステムのサービスだ。
呟きの多くは現時間放送しているアニメについてだ。路地裏ニャルカさんとか懐かしいな。あれまだ放送していたのかよ、小さい頃よく見てたな。
それはそれとして、ニュース速報に関する内容で調べたら、嘘か真かも判断できない情報が津波のように溢れかえっていた。
ドイツ支部では人道に反した人間による兵器実験が行われていたとか、逃げ出した被験体が今もどこかで生きているとか、危ない固有魔法所有者を集めては捌いていたとか。
人間、大袈裟な情報ほど好きだよな。ほぼ都市伝説みたいな内容で、信憑性が薄すぎる。ドイツの話だし、今まで気にすることもなかったからなぁ。
「ドイツ支部?ソフィアがいる場所だ!」
ニュースを見て鏡テオが驚いたように立ち上がる。待て、ここでお前に繋がるのかよ、都合良すぎないか、それ。
ということはソフィアという女性は魔法管理政府関係者なのか。それと仲が良いってどういうことなんだ、お前は貿易会社の息子のはずなのに。
そこでさらにタイミングよくチャイムが鳴る。俺は予想できていたものの、インターホンカメラの映像を眺める。やはり椚さんか。
しかしサングラスが大量に流れている汗のせいでずれているし、着ているスーツもよれている。内ポケットからわずかに見える黒光りした金属は、ライターか。その割に随分大きいな。
表情はどこか切羽詰まっており、急いでいるのか足踏みしながら扉を叩いている。ご近所迷惑だし、変な噂立つからやめてくれないか、そういうの。
俺はすぐに玄関に向かい、うるせぇと怒鳴りつつ扉を開ける。夏の暑い熱気と一緒に靴も脱がないまま椚さんが家の中に入っていく。掃除するのは誰だと思っているんだ。
「坊ちゃん!!なにしているんですか!?帰りますよ!!」
「へっ!?ど、どうしたの、椚?」
鬼気迫る勢いの椚に怯えた鏡テオは、枢クルリの背中に隠れる。体格差が違うため、かなりはみ出している。猫の後ろに隠れる犬のようだ。
前は意外と優しそうだと思った椚さんだが、随分様変わりしたもんだ。それは鏡テオも同じことを思っているのか、かなり動揺している。
多々良ララと枢クルリは警戒しつつも、様子を窺っている。警察呼んだ方がいいかもな、下手したら。なるべくならそういうのとは無関係でいたかった。
「早く!梢が対処している今なら帰れるんです!急いで!!」
「か、帰るって、ドイツに?」
「当たり前でしょう!もう日本は楽しんだでしょう?母親の故郷とはいえ、もう充分です!」
「や、やだ!!どうせ検査とか一杯あるんだ!お母さんの話とかお父さんの話とか、興味ないのに聞きたくない!!」
我儘な子供のように駄々をこねる鏡テオ。なんか不穏な単語があったような気がするが、大丈夫なのか。しかし下手に関わるのもまずいよな。
すると椚さんは枢クルリの後ろから鏡テオを引きずり出して、その頬を平手打ちした。俺も今日同じのを味わったから、痛烈で生々しい痛みを思い出した。
最初はなにされたかわからなかった鏡テオだが、理解と痛みが追い付いた後大声で泣き始めた。俺の家で止めてくれ、そういうの。
泣き喚く鏡テオを無理矢理に連れていく椚さん。通り過ぎる際に俺に一睨みする。なんでだよ、と理不尽さを感じ取って俺も睨み返す。
「封筒に手紙は入れたはずです。それなのに……なんで」
「気付かなかったんだよ。悪かったな、早く帰れ」
「言われずとも。ほら坊ちゃん、走って!」
「やだやだやだやだぁっ!!!!ここで友達できたもん!椚なんか大嫌いっ!!家族なんか大嫌いっ!!」
鏡テオが叫んだ瞬間、その周囲に液体状の小人人形が現れる。七体、それぞれ赤、青、黄、緑、白、黒、紫となっている。
赤い小人は知っていたが、まさか七体も出せるなんて知らなかった。椚さんが小人の人形を見て青ざめ、もう一度鏡テオの頬を叩く。
やり過ぎじゃないかと思ったが、叩かれた衝撃で魔法が解けたらしく、小人達は跡形もなく消え去った。かなり発動が不安定な魔法のようだ。
癇癪で発動したり、痛みで消えたり、普通は魔法について教育を受けているなら制御できていくはずなんだが。あいつの幼児性と関係でもあるのか。
二度も叩かれたことで、ぐずるが大人しくなった鏡テオを連れて椚さんは去っていく。直後に尋ねてきた大家さんに俺は渋々説明することになった。やはり騒ぎになったか。
客人の揉め事ということで軽く注意して大家さんも帰っていった。今日は俺の厄日か何かが。災難が多すぎると思うんだが。
「危なかったな、サイタ」
「だったら助けてくれればよかっただろうが。おかげで大家さんの説教だ」
「そうじゃないって。鏡テオの方だよ」
大家さんが帰るまで姿を隠していた枢クルリは怒る俺に対し、どこかずれた言葉を渡す。鏡テオが、危なかった、ということなのか。
もしかして椚さんがあれ以上鏡テオが我儘言うようだったら家を爆破していたとかいうオチじゃないよな。それとも別の強硬策でもあったのか。
多々良ララは枢クルリの言葉を正確に理解しているらしく、深く頷いている。もしかして今なにもわかっていないのは俺だけかよ。
「アイツの固有魔法名【ギフト】ってさ、英語では確かに贈り物なんだよ。ギフト包装とか日本でもよく使われている」
「俺も一応簡単な英語は使えるぞ。本日それで外人に笑われたがな」
「でもドイツでは全く違う意味になる。そういう言葉遊びも最近ではよく使われている」
そう言って枢クルリは俺に携帯電話の画面を見せてきた。ネット上で使える日独辞書らしく、ギフトの意味が書かれていた。俺は目を丸くする。
独【gift】=日【毒薬】
なんとなく俺の中でさっきの光景の意味が変わってくる。つまりはあの時危なかったというのは、そう意味なのだろう。
冷や汗を流しまくる俺に対し、多々良ララはいつも通りクールな様子で会話に参加してきた。
「アタシもカノンに今日色々聞いてて知ってた。テオの固有魔法名は【
「そ、そういえばそうだったな。」
というか、その詳しい背景について俺はなにも聞かされていないんだが、話す気はあるのだろうか。多々良ララの顔を覗きこめば、仕方なさそうに話し出した。
聖クリスティーナ女学園に向かうことに対し、男二人と女一人では微妙な配分と気付いた多々良ララは深山カノンを誘った。
すると明らかに動揺したので問い詰めれば、深山カノンは決心したように白状したらしい。父親の命令で最近では多々良ララを監視していたことを。
錬金術師機関。七つの大罪を冠した鍵と七つの美徳を誇る錠を探し、扉を開くためだけに創設された組織。
カーディナルとは目的が反対であり、求める物が同じという皮肉が聞いている。巻き込まれた方からすればなんて迷惑な話だろうか。
深山カノンの父親は女性関係を理由で離婚したそうだが、親権は母親にあっても面会は自由。養育費も毎月支払われているらしく、繋がりは断ち切れない。
詳しく調べれば女性関係というのも錬金術師機関として行動する際に綿密な計画を立てるため、なので深山カノンも無下にできない。
俺と多々良ララが合コンを終えて一騒動あってから帰ったあの日、深山カノンの携帯電話で父親からある程度の事情を語られたらしい。
もしも父親の要求を拒否すれば養育費の打ち止めだけでなく、社会的な排除も見込まれているらしい。やむなく昔からの友人である多々良ララの監視を受け入れたらしい。
多々良ララにカーディナルの手先が近づく気配があればすぐに連絡すること、それだけが深山カノンの役目であり、拒否できない事情。
多々良ララと友達のままでいながら、父親の手先として連絡する。そりゃあまた随分ないい子ちゃんで、俺は呆れるしかないけどな。
そしてネットに多少詳しかったため、少しでも手柄を父親に渡すために猫耳野郎というネットネームで活動していた枢クルリに様々なことを尋ねた。
結果として錬金術師機関がカーディナルよりも先に枢クルリを見つけ、観察することにしたらしい。ひきこもりの観察って暇そうだな。
しかし枢クルリと俺達が接触したことにより、錬金術師機関は慌てて懐柔を試みた。結果はもちろん枢クルリの手の平で踊らされたわけだが。
それに激怒した父親がいつかは枢クルリに復讐してやると息巻いているらしく、さすがにそれはおかしいと感じ始めた深山カノンは犯行の機会を窺っていた。
俺の誘いを機に多々良ララに全て話したらしい。卑怯だと、ずるいことだとわかっていても、許してほしいと頭を下げてきたようだ。
「別にカノンが敵でも全然構わないんだけどね。友達なのは変わらないし、あの子には何度も助けられたから、敵の手の内から救出してやるくらいの義理はあるからね」
「男前な意見だな。そして簡単にやりそうなのがお前の凄いところだよ」
冷静に大胆な発言を挟みつつ、多々良ララは説明を続けていく。深山カノンは今俺達が置かれている状況について随分詳しく話してくれたようだ。
聖クリスティーナ女学園はカーディナルが援助している学校であり、所属する少女の大半がカーディナルに協力をしている。代わりに生活や支援を受けている。
……つまり俺達は敵の本拠地に近い場所になにも知らずに乗り込んだと。それで針山アイが、ここがどこかわかっているのか、と尋ねたわけだ。頭抱えて後悔したいところだ。
深山カノンも俺達に危害がないように常に連絡を取れるように、仕掛けてきたらその証拠を残すように、と命令されていたらしい。うーん、複雑。
ただ俺達は保護対象としての地位は低い、とか。格付け方法は深山カノンも知らないらしいが、組織の一員の関係者を使う大雑把な作戦であるらしい。
しかし恐ろしいのは俺達、七つの大罪候補、が集まっていることらしい。その中でも一番恐ろしいのが魔法管理政府すらも注目している鏡テオだと。
三年前から世間に急に姿を現したらしく、それまで誰もその存在を知らなかったとか。しかしストリートライブをしていたところ、カーディナルの連中がお決まりの質問をしたらしい。
七つの童話の中から一つ選んで欲しいと。固有魔法に関しては剥き出しの首筋に林檎の痣があったから、そこは尋ねる必要もなかったわけだ。
鏡テオは特に迷うことなく、こう答えたらしい。
白雪姫。継母に憎まれて殺されちゃうんだよね?僕はソフィアにそうされたら耐えられない、と。
そこからカーディナルは抹殺、錬金術師機関は保護しようとしたらしいが、両陣営とも困難を極めただとか。
というのも常に椚さんや梢さんのどちらかが鏡テオを守護しており、一人になっても魔法管理政府の役員が監視しているらしい。
経歴は一切不明。素性も不明。わかるのは鮮やかな赤い痣から、強い固有魔法所有者であること。
そこで魔法管理政府の中で、鏡テオの故郷と思われるドイツ支部から資料を盗んでわかったのは固有魔法名と、その正体。
【
あまりにも強力で、本人も全把握していない。そしてある程度までしか操れず、感情の起伏で発動する可能性が高いということ。
俺はコーヒーチェーン店で深山カノンが慌てた理由がわかった。俺が頬にあてたおしぼりには毒が染み込んでいたということか。
でも腫れが引いたという事実がある。もしかして魔法名に、毒薬、とあるのは、薬としても利用できるということじゃないのだろうか。
それに鏡テオは無邪気とはいえ毒を相手に遠慮もなく渡すとは思えない。もしかしてあいつは自分の魔法を知らないのでは。
俺の推測も置いて、話は続いていく。魔法管理政府が関わり、もしも関与してきたら三つ巴となる。
焦ったカーディナルと錬金術師機関は鏡テオに干渉しないという、暗黙の同意をしたらしい。もしも破れば、大きな争いを起こす予定だったとか。
そこで参上、俺。どういうことかと言われたら、針山アイが俺にCDを買えと頼んだことを思い返してほしい。
鏡テオの事情は別として、あいつの歌声は人を魅了させる。両陣営のメンバーには鏡テオを調べている内にファンになった奴も多いらしい。
針山アイもその内の一人だが、CDを買おうにも干渉不可となっている。そこで鼻骨を折ったことにより負い目があるであろう俺を脅迫。
なにも知らない幼気な俺を代理にすることでグレーゾーンを渡ったようだ。全く酷い話だな。俺が幼気じゃない、っていうことはこの際地の果てにでも飛ばしとけ。
しかし俺が予想以上に鏡テオに関わり、針山アイの存在もばれた。しかも最悪なことは鏡テオが俺の手料理を気に入ってしまったことだろう。
深山カノン曰く、おかげで裏側は大混乱な上に責任の押し付け合いが始まったとか。俺の知ったことじゃねぇよ、勝手にどすこいしてろ。
なんにせよ裏側の大混乱が表に伝わり、日本支部が魔法管理政府の横流しを告発するニュースまで問題が派生したとか。そこに繋がるのかよ。
両陣営はこれ以上鏡テオに関わるなと今まで以上に厳しく告げたらしいが、まさかの今日の出会い。呪われてんじゃないか。
それで深山カノンと針山アイは青ざめていたわけだ。関わりたくないのに、俺を見つけて会いに来てしまった訳だからな。文句はCD購入代理に仕立てた針山アイに言ってくれ。
しかしここまで関わっていると、もしかしてさっきの速報や椚さんの様子も関連しているのか。無理矢理鏡テオを日本から遠ざけようとしていたように見えるし。
「アタシが知ってるのはこれくらいかな。カノンが付いてきた理由も枢に父親について謝りたかっただけらしいよ」
「俺をさり気なく遠ざけていた理由は知っているか?」
「際限のないトラブルメーカーというか、無限の厄介引き込み機だからじゃない?身に覚えがないとは言わないよね」
大まかな事情を知った上で断言しよう。身に覚えがありすぎて否定できませんとも、畜生。
「ちなみにクルリは俺に言うことはないか?」
「世の中お金が全てじゃないけど、大抵のことはお金で解決するよ。というわけで、ほい」
ありがたくもない名言を呟きつつ、俺に最新式の携帯電話を投げてきた。小市民な俺としては落とすわけにはいかない。野球部で鍛えたキャッチ力を見せてやろう。
頭にヒットした。角とは恐れ入ったぜ。吹き出すような笑い声を無視しつつ、画面の中を覗く。笑うな、猫耳野郎。
そこにはエーレンベルクという貿易会社を運営する社長家族について。三年前に社長夫人が病死、同時に隠し子が見つかったというゴシップ記事。
添付されている資料を読んでいけば、社長夫人が死んだのは事実だが、隠し子についてはあやふやな情報らしい。
というのも既に公式でも顔を出している二人目の息子、アルベルト・エーレンベルクと瓜二つであり、違いがあるとすれば目の色だけらしい。
しかも片目の色だけが違う、ということで光の加減で見間違えただけだろうと処理されたようだ。思い出すのは五年前の写真という、鏡テオがいない写真。
そこには確かに鏡テオと同じ顔の青年がいた。驚くほどそっくりだが、表情や目の色が違うという些細なことしか判別できなかった。
つまり三年前まで鏡テオの行方はゴシップ誌すら掴めなかったということか。しかし三年前、どこかで聞いた覚えがあるな。
そうだ。鏡テオがソフィアという人間と別れたと話した時に出てきた年数だったはずだ。嬉しそうに背中のメルヘン兎リュックについても語っていた。
「正体は掴めてないけど、関われば大変なことはわかる。そこで尋ねるけどさ、首突っ込む気なの?」
面倒そうに枢クルリは俺の目を真っ直ぐ捉えて言った。そうだ、あいつはもう椚さんに連れられて、日本からいなくなる。
たった数日間出会って軽い食事をしたくらいだ。これ以上関わる義理もないし、無関心や無関係を貫きたい俺が枢クルリや多々良ララを巻き込む必要があるのか。
別に人生の中で簡単にすれ違って、別れる時だけ簡単な言葉を出すだけの存在だ。追いかけたって、意味がないだろう。
……でもあいつ、俺の料理美味しいとか言ってくれたんだよな。半分以上残してたけど。
いや、そんな簡単な理由で絆されんな、俺。これ以上問題を抱えたって、俺が処理できるわけないだろう。傲慢も程々にしろよ。
じゃないと命がいくつあっても足りないだろう。最後に見たのが泣き顔だけどさ、あれは我儘を言ったあいつが悪いわけで、男の癖に簡単に涙出すなよ。
そうそう。別れの言葉を言えなかったことくらいどうだっていいだろう。他にはもう理由がないはずだ。これで終わりで、いいは、ず……なのに。
なんであいつのメルヘン兎リュックが俺の目に留まるかな。鏡テオが座っていた席の背もたれに寂しそうに引っ掛かっている。
「……首突っ込む気はねぇけど。これあいつの大事な荷物だし、渡してくる」
「追いつけるの?アタシの足が必要なら頼んでみる気はない?」
「そうだな。お願いしますよっと。魔法による乱暴な運び方でいいからよ」
「メンドーな性分だよな、傲慢ってのも。なんでもできると思って、結局走り出してるところが」
「うるせぇな。お前も巻き添えだ、猫耳野郎」
溜息を吐きつつ枢クルリを引きずり出しながら、多々良ララと一緒に外へ出る。このリュック、ソフィアから貰ったとか嬉しそうに語った鏡テオ。
そんな大事な物なら忘れんなよ。おかげでもう一度会う口実ができちまったじゃねぇか。固有魔法【
胃の中が一瞬わからなくなるような浮遊感と共に、鏡テオに向かって走り出す。ああ、本当に無関心のままでいられたら良かったと思うが、不思議と後悔していなかった。
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