スチーム×マギカ
文丸くじら
スチーム×ゴッデス(女神編・クイーンズエイジ1881の11月)
霧の深い街にて女神は踊る
EPⅠ×Ⅰ【紫魔導士《violet×magica》】
アイリッシュ連合王国の首都であり、女王の
蒸気機関の発展により、栄光を
ぼんやり
遠くでは街の
一秒も
少年は走っていた。
着ている服は上等とは言えない。
まだ下流に住む住民の方が上等なシャツを持っているほど、少年の格好は白い布切れをまとったに等しい。
整備された道でよかったと思う
しかし
それを予期していた黒い服の男
その布の使い方を知っている少年は青ざめる。
墓地で死ぬとは
だが少年の声を
「この
「ちょ、姫さん!? その
聞こえてきたのは
そして行使する際の法則例文――いわゆる
霧の向こう側から、
白い霧を
赤に
熱気で霧が晴れた向こう側――そこは少年だけでなく黒服の男達も悲鳴を上げる光景だった。
黄色や緑色に
それが地面から現れては
火の蜥蜴達はそれらを食らい、
肉が焼ける
しかし彼の目が
屍肉など問題にならない。視界が
この世界ではありえない存在が、目の前で黒い靄を吐き出し続けていた。
黒鋼を
黄色く
鉄の骨組みと皮で作り上げたと思える
それらよりも
全てを
白く
無限に
「こんな
竜を魔法で
その幼さに気付く前に、少年は屍が燃える光景に
目の前の危機などにも構わず、常識外れを
とある室内。来客を想定した内装と家具、少し古びたソファにて。
少女――
青年に関して、
人助けギルド【流星の旗】のリーダーであり、ユーナにとって大事な仲間――コージである。
ユーナは
少し大きめの白シャツを着ているのは、コージのおさがりだからだろう。
しかし体格のいいコージの服は、
だが少年の腕は意図的にそこだけ鍛え上げたように、わずかに筋肉がついている。
コージの人脈と
「警察のお仕事はいいのですか? 言っときますけど、わたくしは昨日の依頼で野蛮猿を再起不能まで
「私の仕事は市民の平和を守る警察機構とずれているようでな。
青年は
笑いつつも
人望もある。性格も
そんな二人を少年は注意深く見つめる。
彼は
「同僚は出世が早くてな。いやはや、頭が上がらない」
まずはコージ。理由は単純で、彼がジタンの横にいるからだ。
多少色褪せているが、
シャツやズボンもフロックコートに合わせた色合いで、灰色の
「コージさんに出世欲がないだけでしょう? もったいないですわ」
対面のユーナが着ているのは、女王が記念式典に顔を出した際に流行した色。真新しい白いワンピースコートだ。
本人の意向から動きやすさを重視。
そのため彼女の肉付きがよくない細長の足が、スカートから伸びていた。
秋が深まってきたのもあり、
黒のブーツと合わさることで余計に細さを強調してしまい、貧相な足が目立っていた。
「始末書作成という実績が多いのもあってな……道は遠いさ」
「そ、それにしても今日は寒いですわねー」
わざとらしい言い方で、自らの
だが彼女が寒さで
窓から
今もギルドメンバー
たまに
「話を
「あ、あー……やっぱり野蛮猿が持ってきた依頼を受けるんじゃありませんでしたわ。
深々と
しかしコージはリーダーとして、
「死体が
彼女に結果を
「適切な処理を
その間も少年は無言のまま、窓向こうに見える時計台を眺めていた。
コージは理解しようと読み進めるが、三分の一で音を上げた。
黄金の時代――クイーンズエイジの始まりは魔法の発見から起こったが、それを全て
白魔法を習得しているコージだが、ユーナが書いた内容は専門的な知識の
しがない外勤主任の警部である彼にとって、知識の
だが彼女は
「人間の体、土地、海、空。全てに魔力が宿りますわ。それを一定の法則で整列させて『
とコージを
降参状態の彼は、お手上げといった様子でレポートを返した。
「う、す、すまない……しかし死体に魔力はあるのか? 死んでしまえば全てのエネルギーは消えると思うのだが」
レポートにミスがないかを
「魔力は物質に宿る。人間は常に魔力を生産しては消費していますが、死体になっても肉体に魔力が多く残っていますわ。新たに生まれないだけです。だからそれを利用したのが昨日の墓地事件ですわ」
ほぼ一息で言われてしまったが、慣れているコージは深く
「それでロンダニアデイズの記事で問題になっているわけか。墓場はクロリック天主聖教会の
彼はコートのポケットに入れていた新聞を取り出して、一面を
その有名な新聞はユーナも同じものを持っていた。
「魔法と宗教なんて昔から
しかしユーナが定期
読書面で
彼女は日課として連載記事を
残った部分は
だが今まで静観していた少年が
「……そろそろ少年について教えてくれません?
ユーナ達がいる二階の
彼の手には焼きたてスコーンが
ギルドメンバーで
そんな最中にメイドは小皿を手に持ち、小走りで階段を上ってきた。
しかし段差で派手に
それでも
正確には少年の一挙一動をつぶさに観察していると言った方がいいだろう。
少年は死亡記事を
心配そうに少年を見つめるコージは、
「それが私達がなにを聞いてもだんまりでな。名前だけはジタンと名乗ったが……着ていたのはシーツ一枚。身分を示す所持品はなかった」
把握できている部分だけを語った。
「深夜にシーツ一枚で墓地の横で倒れてた少年ですか。そういう厄介事は野蛮猿――アルトさんに
明らかに
だが少年を
いつもより借家の人口密度が低いことに、彼はようやく気付いた。
「そういえばアルトはどこだ? ハトリくんやチドリもいないようだが、買い物か?」
借家に
ユーナはそれぞれの用事を思い出していく。
「アルトさんは『昨日の墓地で気になるものを見た』、と早朝に出かけましたわ。そろそろ昼前ですし、戻ってくるでしょう」
嫌な予感はしたが、止める理由もなかった。
腹立たしさにも負けない
「ハトリさん達は蒸気機関暖房器の調子が悪いため、制作ギルド【
ぱんっ、と言葉
音と現象がズレたような、派手な
ユーナの女性にしては短い紫の髪すらも風で
硝子と共に侵入した者達の一人が、コージの首に黄色のスカーフを巻きつけた。
太い首を黄色のスカーフで
目を見開くジタンの視界はスローモーションのようにゆっくりと、事態を把握した。
フロックコート
コージは力任せにスカーフを千切ろうとするが、その前に首の骨が折れる音が響いた。
同時に飛び散った硝子が蒸気機関暖房器に
一気に視界を
呼吸をすれば湿った空気が
ナギサが壊れた暖房器を直そうと、
ばちゃん、と濡れた床に
水と肉を
ジタンは蒸気の中でちらつく黒と黄色に、恐怖の
次は自分の番だと理解し、少年は持っていた新聞で頭を
ジタンに
「――
前半は魔法を発動するための法則例文。
後半は最近調子が悪かった蒸気機関暖房器を壊されたことに対する
「やっちまいなさい!!」
煙が黒い
ついでに壁が
続くは耳をつんざく激しい
蒸気
その金色の目は怒りに満ちている。せっかく用意したサンドイッチが
一分もしない内に侵入者は
しかし少女の怒りは収まらない。
「ナギサさん、修理は後回し。今はあの男達を川に
「あわ、あわわわ、わかりました!
「ヤシロさん、やっぱり
「
蒸気が薄くなり、室内の様子が明るくなる
壁に開いた大穴から、下の通り道へと大声で指示するユーナ。それに従うヤシロとナギサの
そして折れた首の骨を白魔法で治しているコージが、苦笑いでジタンに「無事か?」と確認を取る。
魔法とは
しかし足元に落ちている黄色のスカーフ。そこに書かれた文字が、意識を失うことを許してくれない。
アイリッシュ連合王国では使われていない文字だと、彼は知っている。
そして上から
「カンド
「むっ、ぐぅ、ん……よし、痛みも消えた! すまない、白魔法による
事件解決の
「七人しかいない最高位魔導士。その中でもカンド帝国の植民地化に大いに
溜め息をつきながら説明したユーナの言葉に、コージは青い顔になる。
最高位魔導士の名前がこんな場所で出てくるとは思わなかったのだ。
女王から一文字を
下位、中位、上位――全ての魔導士
壊れた部屋は硝子や木材、果てには石材までも散らばっている。
そこから
「で?
この女は有言実行する。
そう感じたジタンは借りてきた
改めて作り直されたサンドイッチを片手に、ユーナは水浸しになった居間にいた。
魔力はあらゆる物質に宿る。それこそ葉っぱ一枚、血の
しかしユーナにとって食事とは、生きていく上で重要な行動という
そして食事を取るのに、こんな水浸しでは
「――かちかちとかちり。時計の針は明日を指し示す
ユーナを中心に
黒い長針と短針が追いかけっこをするように逆回転を始め、部屋を震わす音と共に多くの物もの元通りになる。
割れた硝子窓は何事もなかったように寒風を防ぎ、壊れた蒸気機関暖房器は調子が悪そうな動きで部屋を暖める。
水染みは蒸発したように消えており、
これが魔法なのかと、ジタンは部屋の外で
コージが感心したように頷いているが、彼にも今の魔法の仕組みや法則が
全てが戻ったのを確認したユーナは、サンドイッチを食べるために
そこへティーポットを持ってきたナギサが、満面の笑顔でカップに紅茶を注ぐ。
メイドは大好きな少女のミルクと砂糖の量は把握済みだ。
ヤシロが適当に椅子とテーブルを配置し、立ったままの二人も食事をするようにと手招く。
椅子に
「では、ジタン。ユーナくんはこのように
ジタンへ優しく話しかける。
しかし少年は俯いたまま
「口を開きたくなくても自白させますわよ。白魔法で一命は取り留めたものの、コージさんが死にかけましたし。わたくしとしても
不機嫌さが増したユーナは、
落ち着くようにとコージが会話を
「一応
「毎回騒ぎが起きればこのギルドホーム。スタッズストリート108番の家は
ご近所付き合いを
すると
「僕としてはお姉さまの
愛らしいメイドの言葉に、執事はわかりやすいくらい
「べ、別に自分はここが
しかし彼のこげ茶色の髪から覗く
だが気に
「
コージが説明を求めるように、ユーナの顔を見つめる。
「黒き母、
感心するコージを横に、少年の話が続く。
「俺の妹は悪魔に
「絞殺。黄色のスカーフは彼女の
ジタンの言葉に説明を付け加えていくユーナは、ナギサに紅茶のお代わりを
しかし対面で話を聞きながらスコーンを食べていたコージは、殺しの意味に対して口元を押さえていた。
当事者であるジタンも言葉を失くす。
しかも平然と暗殺手段の手口について話し続けているのだ。
「シーツ一枚、ということは下流……労働階級。その中でも
「多分十二。妹は五。拾ったから、血は繋がってないけど……でもなんで
「妹さんは悪魔に取り憑かれたのではなく、高熱による
「医者に行けるなら、暗殺集団なんかに近寄らねぇよ!
その表情は
少年の
別に貧乏を馬鹿にした覚えはないのだが、
「ジタン。わたくしが所属するギルドの目的は人助け。だから人助けギルド【流星の旗】と名乗っていますわ。そして
しかし少年は把握するための
「なにが言いたいんだよ。どうせ高額の
だが長年の
「いいえ。お金はいりませんわ。わたくしの
それは少年にとって理解が
「だってお金があればこんな家に住めるじゃねぇか。そのために人助けとかほざくんじゃねぇのか!?」
暖かい
どんなに
それらを
持っている者は、持たざる者にそれらを渡さない。
そのことを彼は嫌というほど知っている。
しかしジタンから奪えるものはない。だから誰も彼に与えない。
奪おうにも、アイリッシュ連合王国での
シャツやズボンの下に隠れている傷。
妹が
誰にも
それでも守りたい。
だから頼るしかなかった。
人殺しになっても――。
妹を救うのに比べれば大したことではないと過信し、
不自然なほど細い体の中で筋肉質な腕を
小さな死亡記事。殺しきれなかった人間は、他の者が殺害したと示した。
「もう一度言いますわよ。わたくしは貴方がどんなに嫌がっても助けますわ。それが趣味ですから」
ジタンが見ていたであろう死亡記事を眺めつつ、ユーナは
絶対に
大義でもない、正義でもない。
どこまでも自分に忠実で自己満足するための手段。
――だが奪うことはない。
「それに貧民街ときたらグレイベルかカストエンドでしょう。で、移民が多いのはグレイベル。カンド帝国の暗殺集団に
「……人助けが趣味なら、そこにいる奴ら全員助ける気かよ。何万人住んでいると思ってんだよ」
救えるはずがないと、そんなのは
だが少女は話が大きくなっていると気づき、呆れながら
「なに馬鹿なことを言っていますの? わたくしは妹を助けたい貴方に協力するだけですわ」
少女は苛立ちまぎれにベルトの留め具を外す。帯刀していた杖刀の
しかし
杖刀に軽く
音を立てて倒れた少年へ思い出したように、
「ごめんなさい。この杖刀は魔力を吸い上げますの。魔力って
ユーナは気まずそうに
「聞こえていないみたいだぞ。
音もなく近寄ったヤシロがジタンの
そのまま少年を床に転がしておこうとしたヤシロだが、コージが優しく
「お
ナギサがジタンの体が冷えないように毛布をかけようと近寄った。
「あわわっ」
ガーターベルトで固定された白タイツの
コージは慌てて目を両手で覆い、何度も「見ていないぞ」と
役に立たない男達だと、ユーナがメイドに優しく手を伸ばす。
「
「お、お姉さま。あわわ、なんとか平気です!」
その手を嬉しそうに力強く
ユーナは表情を一切
気付かれないように折れていく骨を
その頃には鼻を押さえているヤシロが起き上がっていた。血は
そして
「姫さん、俺様が教えた亀甲縛りが見事に新聞一面に出たじゃねぇか! これでギルド名も拡散されるな!」
ろくでもない発言で大はしゃぎする男に、標的は定まった。
「ヤシロさん、蒸気機関銃で今すぐあの野蛮猿の頭を撃ち抜きなさい! コージさんが犠牲になっても構いませんわ」
執事は指示に
「ユーナくん!? おい、アルト
蒸気圧縮弾が解き放たれた
霧で
どうやらまたもや事件が
それが解決した後に、アルトがいつものようにからかってユーナの
「ユーナちゃんったら、相変わらずねん。
「どうでもいいが、この騒ぎで蒸気機関暖房器を壊さないと……
聞こえてきた爆発音と、二階では受け止めきれなかった白い蒸気が一階の
チドリは呆れたように肩を落とし、のほほんとしたハトリはユーナ活躍の予感に胸を
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