EPⅠ×Ⅱ【貧民街《slum×areas》】
今にも雨が降りそうなほど
ジタンは乗合馬車の座席に
向かい合う横座席形式の車内で、
全員分の乗車賃はコージが
「
「
下世話な笑いを
どこ
茶色の厚手ジャケットに白のトップス。それはジタンでも見慣れた服装だ。
しかしアルトは青いオーバーオールを
作業員のような格好だが、身なりの清潔さや使われている布が上質だ。
ハンチング
「で、俺様達が
「……姫?」
「この野蛮猿が勝手につけたあだ名ですわ。
疑問を浮かべたジタンにすら
「
「……コージさんが野蛮猿を
コージが
三人の力関係が
帰ってきた美しい
双子の姉――ハトリの美しさに心を
初めて馬車に
しかし流れていく景色と、わずかに窓を冷やしていく
ただし車内を
改めて外に視線を向ければ、
蒸気機関の発達は、移動手段に革命を
「あれは……」
特にジタンが
馬もなし。四角い箱が丸い
「蒸気機関自動車だ。まあ自動車で覚えとけ」
肩を並べ、楽しそうに説明するアルト。
「昔は
最新もなにも、ジタンにとっては初めてのものだ。
それでも過去よりも進化した自動車を、窓を額で
「上流階級くらいしか買えないが、運転くらいなら俺様にも可能だ」
「ふ、ふーん。きょ、興味ない……俺には
窓から
明らかに
「かわいくねぇ坊主だな。男のロマンだろう、歯車に回転式機構!」
コージが同意するように深く
「制作ギルド【唐獅子】リーダーにして、
出てきた名前は覚えのないものだった。それでも一度は聞いたことがある
工場で大人達が話していた。赤銅盤の発明家が、新たな製糸機械を生み出したと。
「その……赤銅盤ってなんだ? さっきも黒鉄骨の魔剣士とか、魔導士とか……なにか
気さくというにはややズレているが、アルトは話しやすい青年だった。
興味が向かないことも、聞かなくてもいいような内容も口に出す。
勉強ができなかったジタンにとって、彼が口にする話題の全てが
「魔導士には下位、中位、上位、最高位と格付けがされているんだ」
階級みたいなものだろうかと、ジタンは少しだけ
しかし感情よりも好奇心が
「下位は色、中位は鉱石、上位は二文字という具合だ」
「赤
「魔法の色については別にな。頭痛くなるぜ」
ユーナが説明に参加したが、長くなりそうな気配を感じたアルトの
「最高位は女王陛下に与えられた一文字を加え、三文字と呼び名を組み合わせた二つ名が名乗れるんだ」
「最高位となったマグナス・ウォーカーさんが赤銅盤の発明家――という流れですわ」
「最高位は世界で七人。同じ魔法を使う
魔法について
「で、ここで坊主が疑問に思うのは、魔法に種類があるかどうかだろう?」
アルトが先読みしたように問いかける。それに対して少年は
魔法は実際に目にしたが、それに種類があるとは思えなかった。
「魔法は
「まずは魔力。さっき姫さんの
体力に似ていると、アルトは少年でもわかるように
「法則はそのエネルギーを効率よく使うための機械みたいなものですわ。正しい回路と仕組みを作り上げることで、『
肉体構造だと、またもやアルトの適当な説明に、少女は深い
「魔力を多めに消費すれば、法則を短縮できる。これが赤魔法だな。利点は短時間で
「逆が青魔法。法則を重視し、魔力を節約する。利点は細かい制御と長時間の
アルトとユーナが
しかし頭が痛くなりそうな上に、聞きなれない単語が次々に
会話の中に
それを魔法に詳しくないジタンにとって、聞き続けるのは苦しいものがあった。
「その……『レリック』ってなんだよ? ザキル団の説明の時にも出たし、よくわからないんだけど」
「魔法の専門用語……と言うよりは、多くの意味を代用するための単語ですわ。魔法はこの世界以外から力を借りて、行使するものですから」
「坊主にわかりやすく言えば、俺達が住む場所以外――この世では考えられない常識がのさばる世界がある。そこに関連する全てを、『レリック』とまとめるんだ」
少年の頭によぎる異形が、昨夜の
「も、もしかして俺が墓地で見たあのでっかい
信じられないほど
わずかな
コージは空笑いで
ジタンが顔を青ざめるほどの竜を呼び出した者。
それを知っているだけに、気まずい空気となってしまう。
「ま、まあ『
わざとらしい明るい声を出し、ユーナは説明を
「他にも緑魔法、黄魔法、白魔法があるのですわ。白魔法はコージさんなどが得意ですわね」
「姫さんは全部大得意なんだが……」
「が?」
「問題起こし過ぎて資格
大笑いしようとしたアルトだが、
ジタンまでとは言わずとも、アルトも立ちくらみを
しかしいつものことであるため、軽い謝罪だけで簡単に許してしまう。
下手に
「医者とかで白魔法を使うには、資格
「また最高位魔導士の名前……でも女王様から一文字を与えられるってのは、それだけの価値を認められているからか?」
「そうだ。彼女は白魔法を習得することで、人間の老いと
意地悪く笑うアルトの言葉に、少年は驚きを隠せなかった。
コージは十七歳、アルトとユーナは十六歳の――少年少女のように若々しい。
しかしコージが警察の外勤主任であることや、
女性に
――どう見ても怒り心頭の少女である。三十歳過ぎとは思えない。
「要は管理ギルド【魔導士協会】でも、
「レディ・シャーロットは、最初の最高位である黄金律の
「千歳!? えっと……十の十倍が百で、さらに十倍? し、白魔法でそんなことができるのか!?」
「あの人は規格外の魔力を保有してますから。それにしても貴方……数の計算ができるのですね」
指折りながらも十以上の計算をしたジタンに対し、意外そうにユーナが
似た理由でメイドのナギサも数
「昔働いていた工場の主任が、文字や数え方を少し教えてくれた。きっと役に立つからって……しばらくして川に浮いてたけど」
そう呟いたジタンの緑色の目は、無力さを
今は蒸気機関のおかげで
「主任以外は
アイリッシュ連合王国では子供も工場で働くことができるが、実態は
製糸工場で機械が止まると、
「
煙突掃除の仕事も
落ちて命を失う子供も多い。続けられても、いずれ病が
働いても死ぬかもしれない。
働かなくては死ぬだけ。
ジタンが
それ以上の理由はない。小さな少年は、
「なんでそっちが泣くんだよ」
「泣いていない……
「別に。普通だろ、こんなの」
「うぐっ……」
コージが同情して
二人は視線だけ交差させ、照らし合わせるように会話する。
「子供に勉強を教える
「だろうな。あのおばさんのモットーは『成り上がれ』だからな。しかし川に浮いた工場主任……やばいぞ、姫さん。今回はまじで
「貴方のせいでしょうが、この野蛮猿! だから貴方が持ってくる
ジタンに聞かれないようにしつつも、小声で言い争う二人。しかし馬車が目的地に止まったため、急ぎ足で降車する。
治安が悪い区画のせいか、馬車も慌てたように急発進する。通りかかる辻馬車も、グレイベルの近くは数は少ない。
それでも
建物が複雑に乱立する場所を眺め、アルトは
「グレイベルと言えば、最も下の
「当たり前でしょう。いちゃもんの制裁対応くらい軽いもんですわ」
「できれば問題は起こさないでほしいんだが……ジタン、すまないがなるべく安全な道を
「そんな道なんて俺が聞きたいけどね。俺がいつも使う道で行く。ついて来なよ」
そう言って、少年はまっすぐ目的地へ向かう。
その小さい背中を、ユーナ達は追いかけることにした。
工場から流れ出る
息をするのも苦しい区画――グレイベル。
水で体を流そうにも、工場からの廃水が用水路に混じる。それでも生活水として欠かせないと、
密集した人間の
しかし足音がすれば
子供が不器用ながら
とある部屋では
「
「ぶら下がり宿に
「警察でも対策は行っているが……広まらないな。
「慣れればある程度は生活できるよ。実際、俺達を見つけて襲いかかってくる奴は来ないだろう?」
ジタンが
確かにユーナ達の身なりに目が
それは道を歩いていないからだ。
屋根伝い、
ユーナ達は白魔法で補っているが、中々つらい道のりである。
少年は持ち前の身体能力だけで軽々と動き、
「……坊主、妹ってのはそんなに安全な場所に隠しているのか?」
「いいや。危険てのは他人がいる場所だ。じゃあ誰もいないとこを選べばいい」
「なるほどな。こりゃ
「野蛮猿……道理で
少年の体でも難しい狭さだ。細身のユーナでも、肩がつかえてしまうとわかる。
小さい
しかし耳を
ジタンは慣れた様子で格子を外し、
「というわけで、姫さん。坊主が妹を
「……
「前に酒場でちょっと
「ゆ、ユーナくん、一体なにを話しているんだ? わざわざ警察の前で犯罪を行う者が……いたな。そういえばさっきの件もそうか」
足から先に出した少年は腰を抱えられ、勢いよく引っ張り出された。
地面が
心臓が縮み上がり、詰まった悲鳴が喉を
「――風は
少女の
激しい風が黒衣の男達にぶつかり、団子になったところで
男達の山を
先頭をアルトが
残飯を
棍棒を手に
廃水が零れた煉瓦は
グレイベルの区画を出て、港に近い方へ向かっていく。
しかし歩道は人通りが多く走りづらい。白魔法を
「あら、嫌ですわ。苦もなく登っている……ということは魔法の心得がある者ですわね」
「しかし資格を保有しているようにも見えない。ならば黒魔導士だ。危険な相手だと思われるが」
「
「さっすが姫さん! でもここで暴れたら男前の残業が増えちまう。ここは逃げの一手で行こうぜ!」
特に屋根に飛び乗った時の
屋根から激しい音がすると住人が窓から顔を出す。だが一目見て
路地から見上げる者も怯え、そそくさと
あっという間に住宅街を
セント・キャリー・ドック――狭く大型船が入らない
ぶつかりそうな
小型ならも倉庫が建ち並び、大量の輸入品が船から降ろされていた。
倉庫群を走るアルトは、二つの
魔力が足りず、普通に走る黒衣の男達。
彼らは荷役人夫員達に下手な逢語で脅し、少年達の
しかし荷役人夫達は
その横を馬車よりも速い蒸気機関自動車が走り去っていく。
運転しているのはアルトであり、助手席にはコージが座っていた。
乗り
布で包まれた少女は苦しそうに
夢と現の境さえわからないのか、
「
「俺様が紫水晶宮の魔導士の正体を知っていると言ったら、
「最高位魔導士を賭けの対象に賭けないでほしいですわね。それよりジタン……妹さんのお名前は? そしてこれはなにかしら?」
ユーナが少しだけ声を
布に包まれたジタンの妹。
黒く汚れているようだが、
ジタンはユーナの
「妹はメル。額のはザキル団が
「なるほど。ものの見事に泳がされましたわね。野蛮猿、貴方は全てわかっていながら、ジタンに案内をさせたのでしょう?」
背中に
「姫さんは俺様を過信してるな。酒場で
「に、贄!? ど、どういうことだよ……妹は、俺がザキル団に助けを求めただけで……」
ジタンが震える声で話している最中、ユーナの腰に帯刀していた杖刀が勝手に動き出した。
杖のように長い黒刀。それが自動車を守るように
飛んできた
ジタンは妹を
炎が当たったにも関わらず杖刀には傷一つない。新品同様に黒く
「ありがとう、杖刀。さすが『
「それで『
アルトの言葉が気に
「俺が事故ると、姫さんが危ないぜ」
事故とユーナの単語が並列したことにより、杖刀は
まるで生き物のような武器に、ジタンは頭の中が恐怖で
「ありえねぇ……変だろ、それ」
杖刀に
「……なんかすっかり怖がられてしまいましたわね。でも杖刀が動かなければ、
「そうそう。姫さんの身に危険が
「
「コージさんたら、
追いかけてくる辻馬車に向かって、少女は杖刀を放り投げた。
飛来する謎の物体。黒衣の男達は
しかし杖刀は刀身を
そして馬車を
曇り空でも構わずに空中三回転を決め、少女の手に戻ってきた杖刀を。ジタンは
「さ、お医者様のところに向かいましょう。いい人がロンダニアにはいますから」
「確か猫にーちゃんの店上だったよな? それともユルカワの下宿先だったか?」
「今は蒸気機関車がマイブームで、整備倉庫の放置車両を
「ピンボケおっさんは
フェンチェスト・ストリート駅――ロンダニアの名所へと、蒸気を吹き上げながら走るのであった。
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