第5話:まるで妖

―――百紅家の城門を前にして私は立ち止まらなかった。いや、立ち止まれなかったのが正しい。

城門の上に立っている何百人もの弓兵が矢を構えて私の脳天か心臓を狙ってくる。それだけならどうにか出来たであろうが、動き回っている私の脚を殺そうとする者、関節を狙ってくる者と致命傷をあえて与えないように矢を放っている者もいる。

さすがは城を守る精鋭。

構えの角度すら一体となって私に矢の軌道を予測させないつもりか。

打つ直前で本来の狙いへと弓を動かし、即座に弦を離す。

放たれた角度を見てからでは私と言えど避けきれない。

さぁ。どうする厄鬼姫。このままでは左右への激しい回避行動で体力ばかり奪われる。長引けば長引くほど不利だ。

城門前に兵がいればまだ打開策はあったものの…一番槍の隊との戦いを偵察されていたか。私に対する対策も早い事この上ない。

…急に射が止まった。

…今前に出てきたあの男が城門を守る軍師か何かか。

「聞け、零狂院家の当主よ!私はこの百紅城塞門の門番、百紅司盛秋宗ももべにつかさのもりあきむね!百紅家の一番槍を討った事は素直に称賛する!だがしかし…百紅家は小娘風情が滅ぼせるほど脆弱なものではない!長年弓の腕を磨いてきたこの精鋭たちがその証!一度だけ退く機会をやる!女子供を鏃の雨で殺すのは誠に不本意。答えを待つ!」

―――反吐が出るほどの律儀さだ。同族を失ってなおそれか。

「その情の深さ痛み入る。非常に痛み入る。はっ・・・同じ家の者を一人殺しているのにも関わらず女子供という理由で私に踵を返せと申すその寂れた魂。同じ武人として反吐が出る。それとも私に恐れを成している本心の裏返しか? 本当は先ほどの射で仕留めていたはず。鏃が足りなくなったから補充の時間を稼ごうとしているのではないか?」

「・・・断じてそのようなことはない。小娘一人など取るに足らぬ。女としての使命を果たすつもりがないのなら・・・今この場で自然生命の糧となるがよい!構えェッ!」

・・・なんだ。鎌をかけたつもりだったが本当に何でもなかったか。

足音が聞こえる。・・・全く余計な世話を焼きおって。

―――助けを呼んだつもりはないが私は敵大将の首を落とす力を温存しておきたいし…有能な家臣に任せるとしよう。

即座にこちらへ放たれる鏃は私の目の前に現れた目代の鉄扇で弾かれる。

同時に遙か頭上を巨大な陰が通る。

その陰―――門の上へ向かって跳躍している藤次郎。

彼が持つ大太刀は斬るというより断つと表現するほうが似合っている。

「バカな!跳躍だけで門へと届くはずが・・・空を・・・駆けている・・・だと!?」

零狂院歩法ヶ一れいきょういんほほうがいち空歩からあるき

自分の跳躍の最高点と同じ高度の場所を自由に駆け回れる歩法。

我ら零狂院は人間としての格が違う。加えてそれを研ぎ澄ますために幼少期から様々な武を学び、人を殺す手段を覚え今に至る。

「我らの当主の邪魔はさせん!」

藤次郎はでやぁ!と弓を慌てて引く兵たちに対して大太刀を豪快に薙ぎ払い、そのまま城塞門の上へと着地し、蹂躙を開始する。一気に石段の城塞門が赤茶色に染められていく。芸術としてはイマイチだな。

「藤次郎!そこから刀を二振りよこせ!出来れば頑丈そうなやつをな!」

返答もないから聞こえているか分からない。

あの一番槍くらいの声量があればこのように考えないで済んだだろうな。

時折悲鳴も聞こえるな。ま、敵からすればでも十分化け物に感じるだろうし、恐怖を覚えても仕方のない事だ。

「おーい。聞こえておるのか藤次郎や!」

「ぬぉおおお!門番討ち取ったりィッ!」

断末魔も聞こえなくなった門の上から雄叫びが上がったと思えば、先ほど私に話しかけてきた門番の生首が藤次郎の手からぶら下がっているではないか。

藤次郎にやられるくらいだから、仮に彼と戦ったとしても私は満足出来なかっただろう。ああ良かった。無駄な体力を使わなくて。

「そんなのはどうでも良いから早く丈夫な刀を二振りくらいよこせ。精鋭ともなればそれなりの刀があるはずだ」

「そ、そんなのとはなんだ大将!これも立派な武功で―――」

「門が全滅したと気づかれないうちが奇襲の好機であろうが!早くよこせ!」

藤次郎はむすっとした表情を浮かべると私に刀を二本投げ落としてきた。

手に取った瞬間、刀の重みが全身に伝わる。

―――ほう。既に私の手土産を用意していたか。細部まで見るつもりはないがこの二振りはなかなか業物かもしれないな。

「目代。後は良い。この城門を超えれば壁などはあるまいな?」

「城内に入る箇所だけ手厚い歓迎を受けるやもしれませんが・・・そこだけ突破出来れば後は大丈夫でしょう」

「大将!開門するぞ!」

私は片手をあげて合図をすると目を閉じて集中力を高めた。

「二人はここを守れ。」

「「御意」」

門の向こう側が慌ただしくなってきた。

思ったよりも対応が早いようだが―――鬼門が開いた。




―――【零狂院歩法ヶ二れいきょういんほほうがに雷電らいでん

脚部における全神経を研ぎ澄まし、それらの伝達速度を3倍に引き上げる。

それにより普段の3倍以上の速度で戦場を駆けられる。

地獄とも呼べる屋敷で血を吐き出してしまうような修行を続ける事三歳みとせ。身につけた心眼によって向かってくる衛兵の刀の振りよりも早く刀を振るい、せんせんで斬り伏せる。

通常雷電は主に後退の際、追っ手を振り切る時に使うものらしい。

理由は簡単、神経を研ぎ澄ませている度合いの分だけ上半身への負担が倍増するためだ。

無理をすると体の骨が捻れて折れることもある。

しかし常人よりも柔軟な私の体は雷電の歩法の間に上半身をくねらせようと体への負担は少ない。

雷電ほど強襲に向いた歩法はない。

加えて私は雷電中に上半身の一部の神経も研ぎ澄ませる事が出来る。

今現在腰と両腕を研ぎ澄ませ、確実に先の先を捉える事に特化させている。



―――雄叫びは断末魔へ。

―――白い城壁は赤染のソレへ。



血気盛んな火の国の武士は飛び散る血潮の勢いが良い事この上ない。

先には弓を引いている兵。

その奥は二の丸への門・・・既に閉められている様子。

門に近づくにつれて兵の数も増え、道は狭くなる。

確かにこの作りであれば弓が生きような。

矢は正確に私の眉間と心の臓を狙って放たれる。

「その正確無比な射、見事!」

正確であればあるほど、雷電状態の私には容易い。

私は壁を駆け、弓兵の後ろへ宙返りで着地すると即座に首を切り落とす。

隙をついたと思い込んで向かってくる門の衛兵二人のうち一人は即座に斬り、もう一人は背後に回り込み頸動脈を斬り倒す。

そのまま門を物理的に飛び越え、二の丸へ。

向かってくる兵に手に持っていた一振りを突き刺し、それが持っている刀を手に取る。

二の丸にいる兵すら甲冑を着る時間はなかったらしい。

軽装であるから斬るのが簡単で助かる。

三の丸の時よりも弓兵が増えている。

刀を持つ兵も弓兵の射を考えて動く精鋭共だ。

城門、三の丸、二の丸と本丸に近づくにつれて練度の差があるようだ。


―――面白い。


弓兵らも二段構えで射てくる。

矢の軌道を。形を。眼で捉えろ。

「な、に」

弓兵の一人がたじろぐ。

それもそうだ。

自分の放った矢が味方の目玉に刺さっているのだから。

厳密には違う。

飛んでくる矢の中で、周りの兵の攻撃との兼ね合い上、避けるのが難しい矢を勢いそのまま、私が矢を手に取り、腰を回して向かってくる兵の目玉に刺したのだ。

その戸惑いが貴様らの死因だ。

再び弓を引いた時には私は彼らの目前にいた。

普通ならば弦を離せば私の眉間を貫くであろうその矢は空を切り地面へと刺さった。

―――第二体技だいにたいぎ蜃気楼しんきろう

目前の相手の瞬きの瞬間に相手の視界から姿を消す単純な技。

単純だがやるのは難儀だ。

弦から手を離す間際の瞬きで動かなければならないため、失敗すれば死なのだ。

即座に顎元から刺突し、周りの弓兵たちも納める相手のいない鞘で殴打する。

雷電状態での鞘による殴打ならば直撃箇所の粉砕骨折は免れまいな。

嗚呼、痛そう。

ひょっとすればお前たちがこの戦いの唯一の生存者になるやもしれない。

「おめでとう。お前たちは英雄になる権利を得た」

皮肉的に言葉を浴びせると私はそのまま駆けていく。

その視線の先には天守閣と本丸へ繋がる門がそびえ立っている。

城門より大きく見える。

飛び越えるのは難儀か。

―――体力を使うのは避けたいが致し方あるまい。

私は走りながら鞘を握っている右腕を引き、刺突の構えをとる。

同時に上半身を地面へ極限まで近づける事で体の空気抵抗を極力減らし、速度を上げる。

私が持つ技の中で一番単純で一番の力技。

剛技ごうぎ刺雨月さしうがつ

門の直前で力を込めた左足で地面を目一杯蹴る。

上半身を一気に伸ばし、全体重を鞘の先に乗せ、放ち―――



―――対象を破砕する。それだけを目的とした技。



この技のリスクは直前まで発動していた体技が強制解除される事と残っている体力の半分を一気に削られる事。

息は乱れ、ドッと来る疲労感に苛まれるのが非常に不快だ。

崩壊した門の前で立ち尽くす私を本丸の精鋭が取り囲む。

「どんな手段を以て門を粉々にした!!答えよ化け物ッ!」

ざわめきと一緒に聞こえてくるそれは怯えか。

「どんなまやかしを使って―――「使ってなどいない。」

初陣でもそうだった。

私の努力の成果を”まやかし”と称する不届き者。

半端だから私のやった事を認められない。

武人であるなら素直に賛美を送るべきだと思う。

「まやかしを使っていないはずはない!この門は城門よりも強固に作られた門なのだからな!」

私の心に追い打ちをかけてくる兵を即座に切り落とす。

刀はあと一本。周りの兵のをまた奪えばいいか。

「まやかしではないし、この言の葉は出任せでもない。我を否定したくば纏めてかかってこい、半端物共」

私怨を込め、目を見開く。

さすがは精鋭中の精鋭。

即座に斬りかかってきた。

一度もたじろがない鋼の精神を称賛し、命は助けてやろう。


―――威圧。


飛びかかってきた猛者たちはその場で刀を落とし、ピタっと動きを止めながら自分自身の行動に戸惑う。

「私はお前たちを称賛する。百紅家を壊した後、お前たちに零狂院家の兵として働く機会をやろう。それまでにお前たちは誰に刃向かっていたのか。そのまま考えるといい」

お兄様に教わった威圧まで使う事になるとは―――百紅家。侮れない。

私は兵たちの間をすり抜けながら古い刀を捨てる。

「お前の刀、貰っても良いか?」

気に入った刀の持ち主を見上げて、問いかけるとをしてくれたため、その行為に甘え、二人から本差を一本ずつ貰い、私の本差、脇差とした。

本丸の兵はもう終わりか。人数が少ない分、それなりの手練ればかりだったわけだ。

「おい。天守閣への門は外からは開けられないのか」

「外から開けられるはずもない・・・ここは戦国大名様の本陣であるぞ」

私は質問に答えてくれた兵に、そうか、と残し、そやつの脇差で心の臓を貫いておいた。

刀と共に逝くとは武士の鑑じゃな。

恐らく大将は既に備えをしているはず。天守閣でゆったり座っておる戦国大名がおるはずもない。

私は天守閣への門の表面をコツコツ叩く。

天守閣への門をこじ開けるためには今の私の刺雨月さしうがつでは足りないようだ。残された体力と膂力を贄とすればあるいは。

そんな事をしても意味はないので門を壊す事は止めにする。

ただゆっくり石垣を登っていっても百紅家の矢に打ち抜かれて終わり。

ならば気づかれないように早く天守閣へ辿り着くしかない。

―――綺麗な着物を用意してくれた両備には謝らなければな。

私は天守台へと駆ける、凹凸の大きい石に脚を駆け、地面と垂直に飛ぶ。

これが第一体技だいいちたいぎ打上うちあげ

瞬きをする間で天守閣へ到着する。

襖を蹴り開けると目の前には甲冑姿の弓兵が仁王立ちでいた―――いや、これは。

「零狂院なる武神貴族の当主殿とお見受けする。儂は百紅家総大将、百紅藪雨山弓成ももべにやぶさめのやまゆみなりである。唐一の隊、そして城塞門からここまでの兵をたった一人で蹂躙した事、称賛する。見事。」

「これはこれは総大将自ら出てくるとは・・・戦国大名が一角からの称賛痛み入る。武人として半端者ではないという事はわかった。だが私を楽しませてくれるかはまた別であり、今のところお主程度なら一振りで殺せる自信がある。」

百紅家の総大将様は私の言葉に甲冑の奥で豪快に笑う。

「天晴れじゃ。そのくろがねのような意志、気に入った。―――零狂院の姫よ。賭けをせぬか?」

賭け?・・・この危機的状況を何とも思っていない―――いや。そうか。私がそう思っても相手にとっては何度も潜り抜けてきた場。

だからこそ戦国大名と呼ばれているのだろうな。

「嗚呼、そうだとも。賭けといっても勝負じゃ―――もちろん、賭けるのは互いの命じゃがな」

相手の雰囲気に私は初めて背筋が凍りそうになった。

―――百紅弓成・・・ただならぬ男だ。


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