崖 オリジナル

めるえむ2018

第1話

      AMさまへ

        ご卒業おめでとうございます


◇舞台中央に「なみ」

◇倒れ臥している

◇どこかから落ちた感満載

◇チノパン

◇長袖Tシャツ


いったあい…全身バラっバラみたいな…

ここどこ

あたし誰

あ。なみだ

水田なみ

りなとまりえと眉山きて、それから?

それから…


◇考えるがわからない


痛っ

足っ

ああっ

腫れてる

わっ

丸太みたい

こっちの倍ある、痛いーっ

痛いよママ…は去年出てったんでした撤回

パパ…は呼んだくらいでは現れない

そんなことわかってる

いつも動じない

会社乗っ取られた時だって、帰ってきて一言

来週から住む家小さくなるよって言っただけ

鈍感?

もしかしてロボ

ロボかも

英語82点だったときも

「ほう」

って一言だった

82点だよ?

82点

普段65点がやっとのあたしがだよ

確かにヤマが当たっただけだけどさ、ほめるでしょふつう!

あ携帯!


◇取り出す

◇割れてる

◇押してみる

◇もちろんダメ


割れるかー

この大事なとこでー


◇暗転


◇溶白


◇暗転前と同じ位置

◇嘆いて暗転した割には、けろりとした様子で目の前にいろいろ並べている


ガム三粒。

のど飴二個。

いつから入ってたかわからないキスチョコが六粒。

これで全部ってか…

いつまでここにいなきゃいけないかわかんないんだから、チョコは大事にしないと

にしてものど乾いた…


◇カバンをがさがさやるが何も出てこない

◇取り出す

◇少し硬質な感じのポーチ(化粧ポーチ)だ


化粧ポーチ!


◇言いながら投げ捨てる

◇少し上手に転がる化粧ポーチ


見る人もないのに化粧品なんて!

おかしいよ。

あたし水持ってきた…電車乗った時は持ってた

駅出たとこで落ち合って、あ、りなが、のど乾いたけどジュース買えないってあたしも小銭


◇ジャラジャラっとこぼれ落ちる小銭


持ってたけど、貸すの面倒で水のほうあげちゃった

こんなことになるってわかってたら、小銭貸してボトルは持ってたのに…小銭は飲めないよ!


◇突っ伏す

◇そのまましばらく動かない

◇静寂

◇物音

◇ポツ。

◇ポツ。

◇ポツポツポツポツポツポツ…

◇誰が聞いても雨だとわかる音


雨だ!←なくても可


◇顔を上げ口を開けるが足りない

◇動こうとすると足が痛い

◇それでもにじって水滴を追うが、ふと気づく

◇ポーチ!

◇そこまで這って行き、拾う

◇中身をざざっと捨て水受けにするが、


うわあ…ファンデ(ーション)混ざっ…洗っ…雨やむ!


◇一生懸命ポーチで受けてる間に、雨音は静まっていく


ファンデ水…


◇迷うが、飲む


げえええっ。


◇口では言うが、吐かない

◇暗転


◇ピンスポット(もしくはサス)


◇すっくと立っているなみ~ここでは足は引きずらない~


どうしてこんなことになったんだろう

あたしはどうして崖下にいるんだろう

りなとまりえ

二人はあたしを探してくれてるのだろうか

そもそもあたしたち、ちゃんと友だちだったっけ。


在京キー局の、女子アナ内定してるりな。

大企業受付嬢、内定してるまりえ。

対するあたしは十二社分の不採用通知受け取ってて、あと二社分がペンディング。

学生課はもう紹介する先がないと言わんばかりの態度だ…

全く先の見えない私が、気の毒みたいになったんだろう、二人はきのういきなりあたしを誘った

眉山神社行かない?

あたしたち願掛けかなったから、お礼参りに行くの

なみも一緒に行こ?

二社のどっちかからオッケーくるかもしんないじゃん…


藁にもすがる気持ちだったんだと思う。

あたしオーケーしちゃった

朝八時眉見駅ね

遠いなーと思いながらオーケーして、軽装でいいよって言うからTシャツチノパンにしたら、二人はドレスアップしてた。

りなはカシュクールふうのワンピース。

まりえはふつうにブラウススカートなんだけど、どこのブランドだろ、上品で優雅で、なんかあたしとは世界違う感じ。

ううん。

あたしだって三年前はお嬢様だった

ロボが会社のっとられるまでは…

だからロボが悪い!

ロボ捨てたママが悪い!

あたしは何も悪くない!


◇暗転


◇溶明


◇横たわってるなみ

◇すごく弱っている


〈オフボイス〉


あれから二度雨降った

ポーチは洗われ

水は苦くなくなった

チョコはあと三つ

飴とガムはもうない

濡れた服は冷たく体を冷やす

熱っぽい

足はもう感覚がない


〈オフ終了〉


◇ゆっくり身を起こす


そう…きのう

スカーフが降ってきた

まりえのスカーフ

馬蹄とか乗馬鞭とか描かれてる、ものすごく高そうなやつ

参道へ続く山道で、ほどけて崖そばまで舞った。

まりえも、りなも、スカートだったし、あたしは身軽だからいいかと思って崖っぷちまで身を乗り出し…

そのまま落ちた

あたしの横に看板があった


足元ちゅうい

よい子はここであそばない


気がつくとその看板は遙か上だった


スカーフはここにある

持ち主もその友達もいまどこにいるのか

警察に伝えてくれたかもわからない

こういう時ってヘリコプターとか飛ぶよね

飛んでないよね


◇耳を澄ます

◇何の音も聞こえない


飛んでないよね…


ロボは

ロボは探さないの?

愛娘帰ってこないのに!

気にならないの?



気になるわけがない。

あいつはいま

恋をしてる

ロボの恋?

チャンチャラおかしい

でもしてる

たまたま雨の休日出勤

傘持たずに出たから、駅まで迎えに行ってやろうと私家出た傘二本待って

一本は差して一本は抱えて

駅で待ってたらロボが気付いて、

「おう。なみも気が利くようになったな」

くらい言ってもらえるかと思ったんだ

電車来て、人波がどっとなって

中にロボいてお父さん、と


◇手を上げかけて止め、ゆっくり下ろす


スーツ姿の若い人


一緒に降りて来た

あいさつして

去る長い髪背中

目でずっと追っていた

それから濡れながらうちの方へ歩いてった

あたしの目の前を抜けて…行った…


◇ザアアアアアア

◇降っていない雨の音


それからだ

何だか何にも身が入らなくなった

ロボがどうだってかまわないはずなのに

あたしは何かふぬけた

ふぬけてるあいだに十社分の不採用通知きて


それでも受けた十一社目

あたしは露骨にミスった


◇照明チェンジ

◇面接シーン


御社を志望した動機はち、


◇唇を噛む


父が、御社と同じ業種におりましたので…

はい、はい、そうです、東京律動の水田宏淳(ひろあつ)、いえ、現社長の岡崎洋一郎さんは面識は…


◇俯く


ロボの名前は就職の役に立たなかった

立たなかったどころか足を引っ張った

東京律動は岡崎さんのもの

ロボの功績は過去のもの

パパがうちこんだ技術は、岡崎さんたちの合理化に葬られた


でも待って…


あのとき何かがあった

何だっけ

誰かがあたしを呼び止めた

パパより五つくらい若い男の人

面接室に…いた……


はい

はい

そうです水田の

はい

わたしだけです

兄弟はいません


◇間


本当ですか?

父の音が

父の技術が

あなたの…憧れ…

わたしが音響やるのは

父譲りの耳が…


がんばれって…

あの…


そのままあの人行ってしまった…




◇だまって立つ

◇立ち続ける

◇ずっと立っている

◇暗転

◇溶暗

◇うずくまっている

◇ゆっくり顔が上がる

◇何も言わない

◇思いつめる

◇壁面~前?横?後ろ?~を見、あらためて瞳に決意を宿す

◇辺りを見まわす

◇50cmくらいの細くはない枝が目に入る~初めからある? 途中からある?~

◇にじって手をのばしてとる

◇まりえのスカーフをとり出して、思い切ったように二つに裂く

◇ひとつをふくらはぎの上あたりに、もう片割れを腫れた足首あたりにさっきの枝ごと結ぶ(添え木)

◇ゆっくり立つ

◇視線を上げる

◇ホールドする場所を、いくつか視認して、頷く

◇きき手を上げる


登ることに決めた

誰もたすけてくれなくても

あたしに誰もいなくても

あたしは登るしかないのだ

だってまだ二通通知がくる

あの人が面接してくれた会社と

あの人がすすめてくれた会社が

メールか文書か知らないけど、採用か不採用かの通知をくれるからだ

どんな答えにせよそいつらは私を待ってる

だからあたしは登っていく

ママのためでもパパのためでも

りなのためでもまりえのためでもない

他ならぬあたし自身のために登っていく

登ってみせる


◇語っている間に溶暗


◇完全に暗くなってから、ピンスポに浮かぶ

なみ

◇松葉杖を横に置いて(十三社目の面接らしい)

◇とても快活に答えている


はい

御社で十三社目です

どうしても音響のお仕事がしたくて

はい

はい

ケガですか?

これは崖から落ちました

まさに九死に一生でした

そのとき私は本当に行きづまってて…


快活な声がFOしていく感じで



               END














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崖 オリジナル めるえむ2018 @meruem2018

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