錆びついた螺旋階段
奥宮 秋彦
プロローグ
「それっぽいことを言っておけば世界は変えられるんだよ」
およそ自然とは相容れない風貌で、小高い山の上に立つ廃墟がある。おそらく白かった外壁はいつしか灰色へと変わり、建物の外側に設けらた錆びつく螺旋階段は、まるで老いぼれた龍のように屋上へと続く。
そんな辺鄙な場所に、二人はいた――。
龍の尾の部分。僕は五段目、フミは四段目に座り込んで、ちょうど次の話題に移ろうと、僕が声をかけたところだった。
「アキはいつも突然だね」
ちらりとこちらを振り向いたフミが再び前を向く。視線の先には、いつもと変わらず鬱蒼とした木々が広がっているだけだ。
「それじゃあ、順を追って説明していこうか。これまでに、あぁ、めんどうくさいなぁ。なにもしたくないなぁ。って思うことがあったでしょ? なにか例があれば、それがどんな時だったか教えてくれると助かる」
「そうだねぇ、やっぱり家事じゃないかな? お洒落をするのは気分が良いけれど洗濯は干して取り込んで結構な重労働だし、料理をするのは楽しくてご飯を食べるのも幸せ。だけど、残念なことに洗い物は溜まってしまう。それに、手も荒れてしまうよ」
フミは両手をくるくると二転三転させながら、浮かび上がってきたばかりの太陽に透かした。
「とても分かりやすいね。嫌なことはあるけれど、やるべきことはこなしていた、というわけだ」
「うん、どうしようもないこともあったけど」
そう言ったフミの黒髪が重力に従ってわずかに揺れる。
「そうだね」と、僕は相槌を打ちながら、どう切り出そうか少しだけ戸惑った。
「――さて、今回焦点を当てるべきは面倒だと思うことに対して行動を起こす時の理由付け、といったところかな」
「どういうこと? 私にはまだ場が整っていないように思えるけど」
「もう十分だよ。さっきの行動にそれっぽい理由をつけてみて」
「んー、考えたことなかったなぁ。たぶん、まだやりたいことがあるから、かな?」
「素晴らしい答えだね。もちろん僕もそうだと思う。フミには、まだやりたいことがあるんだ。そして今、理由が明確になったことで世界はちゃんと変わった」
「どうして、これで世界が変わるの?」
「世界ってのは主観の話なんだ。観測者であるフミしか、フミの世界を語ることはできない。だから本人の意識さえ変わってしまえば、自ずと変わってくれるのさ」
「なんだか、こじつけのような気がする」
「良いことを言うね。これは世界を変える屁理屈なんだ。こうして話しているだけで、どの言葉もそれっぽく聞こえてくるって話。もしかしたら、僕の言葉も。フミの言葉だってそうさ。だから、誰かと議論することが大事なんだよ」
「なるほどね。話をしていれば、世界とまでは言わないけど、何かが変わってくれることは私もよく知ってる」
「ありがとう」と、フミの笑顔がこちらを向いてまた一つの朝が終わっていった。
「もう時間だ」
「そうだね。それじゃあ、続きはまた夜に」
フミは言って立ち上がった。階段を駆け下りる音がガラスの靴を履いているみたいに綺麗だったせいで、後に続いた僕の足音はあまりにも錆びついて聞こえた。
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