ー8ー
「この先に同級生が経営してるバーがあるんだ」
小田原はようやく落ち着いてきた畠中を連れ出し、繁華街の中を歩いていた。先程居た店から十分くらい歩いた所なのだが、そこは彼自身よく通うゲイの聖地と言われるエリアで時々出入りしている馴染みの場所であった。
「ここ。たまに妻と通っててね」
「奥様と? ここゲイバーっすよ」
「そんなの知ってるよ。ここノンアルコールカクテルが美味いんだ」
小田原はためらい無く店内に続く階段を降りていく。畠中もそれに付いて行き、二人はバーのカウンター席に落ち着いた。
「しばらく振り、
「同じ会社なんだよ、今日は仕事納めの忘年会」
「そうか」
マスターは注文を聞くこと無く早速オレンジ色のカクテルを出してきた。
「これ新作、ノンアルだから飲んでみて」
「うん、頂くよ」
小田原は嬉しそうにそれを飲み始める。すると今度は畠中の方を向き、仕事慣れたか? と話し掛けた。
「えぇ、ぼちぼち」
「そうか、恋はしてるか?」
「はい、さっき振られました」
「珍しいこともあるもんだな。『撃沈』っての作ってやるよ」
マスターは客の失恋を面白がってカクテルを作り始める。そこにアルバイト従業員として毛利が店に出てきた。
「御無沙汰してます、小田原さん」
「元気そうだね。波那ちゃんから話、聞いてるよ」
今や波那とすっかり仲良しの毛利は、畠中を追い掛けたりまとわり付いたりしなくなっていた。それでか……鬱陶しいことから解放されてホッとしている反面、知らないところでの変化は少しばかり悔しかった。
「また看護師の仕事始めたんだって?」
「はい、内科診療所のパートなんですが、ブランクもあるんでそこから馴らしていこうと思ってます。こっちの仕事も好きなので掛け持ちですね」
最近そういった事情でここの勤務が少し減ってきていた。しかし古参の従業員なのでマスターの同級生である小田原とも親しくしており、久し振りの近況報告に花を咲かせている。
「先日波那ちゃんとパターゴルフしに行ったんです。本当に体育の授業を受けたことが無いんだなって位にヘタクソでした」
「うん、彼小さい頃はしょっちゅう入院してたらしいよ」
「はい。中学時代までは院内学級と半々だったって」
彼らの会話は畠中の知らない内容ばかりで、口には出さないながらも明らかに嫉妬していた。二人共気付いていたが、わざと話を続けて様子を伺っている。
「近くに飲食店の無い所だったんでお互いにお弁当を持参したんですが、あまりにも完璧なの出されちゃって僕自分の出すの恥ずかしくなりましたよ」
畠中は久し振りに毛利の楽しそうな表情を見た気がした。数年前の落ち込み振りを知っているので、復調を見せはじめていることに安心はさせたのだが、波那がらみの話の内容のせいで嫉妬心の方が勝っている彼は、何でそんなことしてんだよと無意識に睨み付けて小田原に笑われる。
「畠中君って案外嫉妬深いんだね」
その言葉に毛利も笑い出す。
「普段逆パターンだもんねぇ」
「へぇ。ただ波那ちゃん相手に好きな子いじめるやり方は逆効果だよ」
「そうそう、公園で初めて会った時にすぐ分かった。波那ちゃんやりにくそうにしてんのに、あんたそれが癖付いちゃってるからちょっと可哀想になっちゃったよ」
畠中は別にいじめちゃいねぇと反発してみせたが、二人にニヤニヤされて子供同然の扱いを受けている。
「たまには振られるのも良いんじゃない? その性格の悪さでこれまでフラれたことが無いってのもね。ざまあみろだよ」
「嫌な言い方すんじゃねぇかよ」
毛利に茶化されてムッとする畠中の前に、マスターのオリジナルカクテル『撃沈』が差し出される。そこそこアルコール度数がきつめの酒だったようで、感情任せに一気に飲み干しあっさりと潰れてしまった。
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