コーヒーゼリー
谷内 朋
婚活編
ー1ー
「そろそろ婚活かなぁ」
自宅最寄り駅で貰ったばかりのチラシを片手に、一人の男性が結婚相談所の前に立っている。
彼の名前は
勿論専業主夫にこだわっている訳ではないのだが、彼自身が虚弱体質で仕事人としての出世が望めず、家事全般が得意なのもあって、その路線で相手を探す方が向いていると本人は思っている。実際彼の履歴にもそれが表れており、栄養士と保育師の資格を取得している。
波那は意を決して中に入ると、四十代後半位の女性がいらっしゃいませと声を掛けた。彼女はとても手際良く彼を案内し、スピーディーかつ丁寧にここでの婚活システムを説明する。早速会員登録をするために簡単な履歴を記入することになったのだが、れっきとした男性にしか見えないのに高校は家政科、保育系の短大卒という女の子のような履歴に、女性相談員は波那の顔をまじまじと見つめている。
「あの、条件の記入はこちらではございませんが」
そのくせ勤務先は大手食品メーカーの営業事務、とあって何だか腰掛けOLのような履歴に見えているらしかった。
「ハイ、僕の履歴ですよ」
不思議そうな顔をしている彼女に、波那はあっけらかんと答える。
「そうですか……ところで、お相手の方の具体的な御条件はございますか?」
「理想を申し上げれば総合職の方が良いです、仕事を優先させたいけど子供も欲しいって考えている方の方が合うと思うんです。僕家事全般得意ですし」
「と仰いますと、ご結婚なさったら家庭に入るおつもりでしょうか?」
「いえ、可能な限り仕事は続けますが、体があまり丈夫ではありませんので。月に一度のペースで通院しているんです」
「そういうことでしたか」
その理由に身体的事情が含まれている事を知って納得はしたようだ。それからしばらく色々な話をして、この日はそれで帰ることにした。
それから数日経って、少し歳上の総合職女性を紹介される。早速お見合いをしてみたのだが、実家で飼っている仔犬に似ていると妙に可愛がられてしまい、男性扱いされないままあっさりと撃沈した。
「婚活って案外難しいんだね」
見合い相手に交際を断られた波那は、双子の姉
「あんたみたいな条件だと普通に探した方が早くない? まだ三十なんだしさぁ」
麗未は楽観的な口調で美味しそうにビールを飲んでいる。
「そうかなぁ? 仕事を優先させたい女性っていっぱいいるんじゃないの?」
「蓋開ければそうでもないんじゃないの? どこか腹の片隅には男に養ってほしいってが本音だと思う」
「麗未ちゃんもそう思ってる?」
「私は嫌よ、一日家にいるのは性に合わないもん」
「だよねぇ」
波那と違ってアクティブに動き回る性分の姉を見て思わず笑ってしまい、翌日職場に持って行く用に作った焼き菓子の残りをちまちまと食べていた。
翌日、波那はその焼き菓子を持参して少し早めに出勤する。この日札幌支社から異動してくる男性社員がいるので、その彼には『今日からよろしくお願い致します』とメッセージカードを添えて全員分のデスクに置いておいた。
この男性社員は前日ギリギリまで札幌勤務をこなしていたこともあり、朝の便でこちらに向かって昼からの出勤となった。彼の名前は
彼は三時の小休憩の時に、デスクに置いてあった波那の作った焼き菓子を食べてみる。これは美味い……どこかの洋菓子店の物だろうとと思いラッピングを確認してみたが、品質表示シールはどこにも貼られていない。一体誰が持ってきたのか? と隣のデスクにいる男性社員に声を掛けた。
「『波那ちゃん』の手作りですよきっと。今日は外回りでいませんけど」
「へぇ、超料理上手な方なんですね」
この時点で沼口は総合職の女性社員だと思い込み、まだ見ぬ『波那ちゃん』に恋をしてしまう。きっと家庭的で可愛い方なんだろうな……添えてあったメッセージカードのせいで彼の勝手な妄想はどんどんと膨らんでおり、本社勤務が楽しくなりそうだと一人ほくそ笑んでいた。奇しくもこの日は金曜日、沼口の誤解は週明けの月曜日まで持ち越される形となる。
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