コーヒーくんとミルクちゃん。

春顔

第1話

 コーヒーとミルクを混ぜれば、カフェ・オレになる。


 堀戸天音ほりとあまねは、オレンジ色になった廊下を歩いていた。

 時刻は午後五時。夕陽が校舎をオレンジに染める。

 天音は、職員室に向う途中だった。

「あれ?」

天音は思わず呟いて、足を止めた。

 職員室の手前には保健室がある。保健室の出入り口付近には体調の悪い生徒が休めるよう、病院の待合室みたくソファが置かれていた。

「青山先輩?」

天音はソファに腰掛けていた人物に声を掛けた。

「……なんだ、お前か」

「お前って、相変わらず酷いですね、センパイ」

天音は苦笑しながら返した。

 ソファに腰掛けていたのは、青山虹あおやまこう。美術部の三年で、数々の賞で大賞を受賞する。天音の通う高校では有名人だった。

 二年の天音が、何故なぜ部活も違う三年生と知り合いなのかと言えば、彼女の所属する部活に由来する。

 新聞部に所属する天音は、学校中で有名な彼を取材する機会が多くあった。

 虹は基本無口で、口を開いても辛口だが、天音としては取材を通して少しずつ仲良くなれたと思っている。仲の良い先輩と紹介したいところだ。

 しかし、虹の無愛想な態度に対して、本人の前でそうは言えないのである。

「何してるんですか?」

天音は訊いた。

「別に。疲れてるから休んでるんだ」

いつもと少し反応が違う。本人に〝仲の良い〟なんて直接言えない分、この先輩に懐いていると自覚のある天音は思った。

 ――いつもなら、笑い掛けてくれるはずだった。

 天音はいつも、虹に無愛想だ、辛口だと言っている。

 けれど、虹が根は良い先輩だということも、重々承知しているのだった。

 辛口だって、面倒見の良さと、素直になれない不器用さから来るものだ。

 後輩思いで、優しい。笑顔も見せるし、厳しいけれど、間違ったり、理不尽なことは言わない人だ。

 それなのになんで、と天音は心配になった。

「何かありましたか? 虹先輩」

――虹、と名前で呼ぶ時は、オフの時。

 部活の取材が絡まない会話の時。二人の間の、暗黙のルール。

「っ!」

虹が息を呑むのがわかった。

「何も無い。相変わらず、うるさいな」

取り繕うように、虹が言う。

「……」

天音は無口になる他無い。情報が少な過ぎる。天音には、何も……分からない。

 重い沈黙に、先に耐えきれなくなったのは虹の方だった。虹は天音の手元を見て、早口に、そしてぶっきらぼうに言った。

「……鍵、返してとっとと帰れ」

天音の手には、部室の鍵が握られていた。部長として、天音は今日の活動を終えた新聞部の部室を戸締りした。そして、鍵を返せば、後は家に帰るだけ。

 虹の言う通りだった。

「……はい」

天音はそれだけ答えて、その場を立ち去った。


 天音が無口になってから、最後まで……。


 ――虹は最後まで、天音と目を合わせなかった。

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