第13話 談笑
馬鹿みたいにぐーすか寝ていた私は、葛さんに肩を優しく触られて目を覚ました。
「お休み中申し訳ございません。舞様の番になりましたので、二階においでください」
私は目を擦りながら立ち上がり、葛さんにお礼を言った。大広間にはもう先生はいなかった。寝ている間に真理さんが終わり、先生は二階に行って話をして、そのまま自室に戻ってしまったのだろう。
そして私は階段を上がり、夕方とは逆方向に曲がり箒ちゃんがいる部屋の前に立った。
「どうぞ、お入りください」
ゆっくりとドアノブを回しドアを開けた。
部屋は長方形になっていて人二人入るのが精一杯の広さだった。電灯はなく真ん中に置かれた四角いテーブルの上に蝋燭があるだけであった。ゆらゆら不規則に揺れる蝋燭の火は不気味な雰囲気を醸し出していた。壁は赤煉瓦がむき出しになっていて、どこか西洋の独房のような雰囲気を醸し出していた。
そしてテーブルを挟んだ向かい側に、箒ちゃんは可愛らしくちょこんと座っていた。椅子が高いのか箒ちゃんの背丈が短いのか、足を空中でぶらぶらさせている。
「失礼します」
私はそう言って自分側にある椅子に座った。すると、さっきまで暗くてよく見えなかった箒ちゃんの顔が、蝋燭の光に照らされているのを見ることが出来た。下から不安定な光を当てられた箒ちゃんの顔は、フランス人形のように白さが際立ち、美しく見えた。
「すみませんでした。お疲れのところ早くお休みになりたいでしょうに・・」
心配そうに箒ちゃんは私を気遣った。中学生くらいなのにやはり大人びている。しっかりとした教育をされているのだろう。
「大丈夫だよ。こんないいところに招待してくれたんだもの。それに箒ちゃんともお話してみたかったし」
別に全てが嘘というわけではなかったが、箒ちゃんと話がしたいという気持ちは本心ではない。自分よりもしっかりとした子供と話をするなんてはっきり言ってしたくない。自分の小ささを、心の矮小さを痛感させられてしまうからだ。
「それはうれしい言葉ですわ。ありがとうございます。では――」
そして、箒ちゃんは私に色んなことを聞いた。それは社会科見学に来た学生のような質問だった。自分と違うことをしている人に、その実態を興味津々で聞く無垢な問いかけだった。
どんな仕事をしていたのか、どんな生活をしているのか、大学ではどのようなことを学んだのか、大人になって良かったこと辛かったこと、当たり障りのない質問に私は当たり障りのない模範的な言葉を返した。
談笑開始から十分ほどそんな会話をした。
「ふふ、ありがとうございます。舞様はお話が上手なんですね」
箒ちゃんは可愛らしい笑みを浮かべて楽しそうにそう言ってくれた。
「そうかな・・」
「そうですよ。真理様は少し怖かったです……」
確かに、あの人は少し気難しそうだ。しかし才能を持った人間とはそういうもので、凡人とは相容れないのはしょうがないとも思う。
「静喪先生は私の話を聞いてばかりで自分から話してくれないのです」
「あの人は昔からそうだったからしょうがないよ。多分人に興味がないのかもね」
静喪先生の話題が出たところで、私は先生と箒ちゃんの関係が気になった。
「先生と箒ちゃんはどういう関係なの?」
「お父様の紹介で数回会ったことがあります。その際とても不思議で魅力的な言葉を話す人だと思いました」
その評価には覚えがあった。他ならぬ私自身がその言葉を言われたことがあるからだ。
「他の方も、もちろん舞様も、お父様が生前会ったほうがいいと言っていた方たちです」
なるほど、箒ちゃんは父親の言葉を頼りに私なんかを呼んだのか。そしてその父親も、先生なんかの言葉に騙されて私を評価してしまったのだろう。やはり元凶は先生らしい。
先生は何も知らないと言っていたけれど、どうにも私は先生の手の上で弄ばれている気がしてならない。そして、その予感は当たっていると思う。
「私はあなたのためになるようなことは言えないよ」
私の間違った評価を正すためそう言った。けれど箒ちゃんはにこやかに笑って言った。
「何を言うのですか。私は一番、舞様の話を楽しみにしていたのですよ」
「え?」
医者や天才高校生や画家を差し置いて、そんなこと言うなんてお世辞としか思えない。しかし箒ちゃんが、こんな分かりやすいお世辞を言うとも思えなかった。
「だって私の知る限り、舞様が一番――死を見ている」
私の疑問はその言葉で一瞬にして晴れてしまった。
「私はあなたにこの質問をするために、皆様を招待したのです。この質問の為に談笑の会を開くことにしたのです」
先生が東寺さんに何を言ったのかが分かった。あの人は私の人生を話したのだ。私の死に出会う人生のことを――。
「あなたがもし、人に生きる喜びを与える才能を持っていたなら、どんな人間になっていたと思いますか?」
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