第11話 食事

 二人で階段を降りていると、前から葛さんが歩いてきた。無表情の彼女は私に気づき、「夕飯が出来上がりました。大広間においでください」と言った。


 大広間には先生と真理さんが居て、二人とも先ほどと同じ席に座っている。二人は楽しそうに談笑していた。その後史郎さんと理久君、そして一緒に葛さんも部屋に入ってきた。葛さんは「少々お待ちください」と言ってお茶を入れるときに入っていった給仕室に入った。


 そしてそれと同時くらいで箒ちゃんも大広間にやってきた。箒ちゃんもさっきと同じ席に着いた。


「どうでしょう皆さん。この屋敷は気に入っていただけましたか?」

 上品な笑みを浮かべ、嬉しそうに彼女は聞いた。


「うん、凄く豪華なところだね。気に入ったよ。ずっとここにいたいくらいだ」

 問いかけには先生が一番早くそう答えた。

「そうですか。それは良かったです!好きなだけいて宜しいですから」


 先生はああ言ったが、私はこういった共同生活が苦手なので完全に同意は出来なかった。やはり私みたいな人間には一人の方が合っているようだ。


 そしてその会話の後、葛さんが給仕室からワゴンを押して出てきた。葛さんは私たちの円卓を一周し、丁寧に配膳をした。


「それでは皆さん、いただきましょう」

 箒ちゃんがそう言って夕ご飯の時間が始まった。


 葛さんが全員に希望の飲み物を聞いた。先生と史郎さんは赤ワイン、私と真理さんは水、理久くんはオレンジジュースを頼んだ。


 夕飯はとても美味しかった。こんな料理が後二日も続くならここに無理やり連れてこられたのも少しは許せそうだった。しかしそんなに美味しい料理なのに、葛さんは皆の水くみや食器の片づけを行って一緒には食べなかった。


「あの、葛さんは食べなくていいんですか?」

 私は少し気なったので、食器をまとめて給仕室に運ぼうとしている葛さんに聞いてみた。

「この後私も暇になりますから、その時食べますよ」

 私は少し安心して「そうですか」と返した。すると私の隣に座っている先生が赤ワインを片手に言った。


「まるでメイドさんだね」

「昼間はああ言いましたが、一応そのつもりですよ」

 葛さんはスカートひらひらさせてアピールしながらそう言った。そして空いた食器をワゴンにのせ、給仕室に入った。


「さて、皆様食事はおすみですか?足りないようでしたら何か作らせますわよ」


 そうは言われても私のお腹はここ最近で一番膨れてしまっていた。一人暮らしで料理が下手な私は、普段ろくなものをしか食べていない。だからこの場で出来るだけ栄養を採っておけと体が脳に命じてしまったのだ。

 先生の前に追加のワインが出されて、皆が一息つき始めたところで箒ちゃんが神妙な面持ちで話し始めた。


「実は私から皆様にお願いがあるのです」

 箒ちゃんは少し緊張しているようだった。年上の私たちにお願いをするということがこわいのだろうか?

「ほう、それはどんなお願いなのかな?」

 史郎さんが優しい声色で聞いた。

「今日から夕食の後、一人ずつお話をさせて頂きたいのです。子供である私に、大人である皆様の人生の一部を教えて頂きたいのです」


 箒ちゃんがそう言うと、理久くんがにやりと笑って「俺はまだ大人じゃないですぜ」と言った。

「私は大人であるということに年齢は関係ないと思っています。理久様が経験したことは平凡な人生八十年以上の価値があります」

 箒ちゃんの言葉はおそらく称賛だった。しかし理久くんは少し納得していないしかめっ面を浮かべた。


「つまりそれは、私が子供ながらに大人以上の感性を手に入れることが出来るという証明でもあるのです。ですから皆様、どうか私にご教授ください。ここにご招待した人は私がそれに相応しいと判断した人なのですよ」


 箒ちゃんのお願いを聞いて、皆それぞれ思うことがあるようで無言の状態が続いた。私も箒ちゃんの言うような人に何かを教えられる立場ではない。そんなことはできれば避けたい。


 しかし、美味しい食事の代償としてやるのなら、そんなに悪くない取引だとも思う。それにここまでいいところを見せられていない私にとって、これは大人っぽい対応を見せるいいチャンスだった。年下である理久くんにも、先生にも、私は立派な大人として見られたかった。


 私はなんだかんだ言って、見栄っ張りなのだ。


「分かりました。私なんかでよければ」

 私は沈黙を破り、誰よりも早く箒ちゃんのお願いを了承した。

「本当ですか!ありがとうございます!」


 箒ちゃんは本当に嬉しそうに笑顔で喜んでくれた。

 そして私が了承すると、なし崩し的に全員が了承する流れになった。


 でもこんなことをしても、私は大人にはなれないんだろうな、と思った。こんなことを続けるだけでなれるなら、私はもっと上手く生きられるはずなんだもの。

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