第10話 探検 

 現代人である私はスマホを使えなくなったら、特にやることがなくなってしまう。だから夕飯を待つ間本当に暇で、一人で屋敷を探索してみようと思った。こんな冒険心や好奇心は普段なら絶対に抱くことはないのだが、この特殊な状況がそれを可能にしていた。


 私は部屋にあった室内用の上履きを履いて廊下に出た。さっき案内してもらえなかった二階を見てみることにしよう。


 勝手に人の家を歩き回るなんて怒られそうなことだが、招待されているわけだし、ホテルみたいなものだからそこまで悪いことではないだろう。そう思って罪悪感を消しながら二階に向かった。時刻は午後六時を過ぎ廊下は窓から入る夕暮れの光で、オレンジ色に染まっていた。


 私はさっき昇り損ねた階段を使って二階に向かった。二階も雰囲気は一階と変わらなかった。私は満たされない冒険心にがっかりしながら歩く。

 階段を昇って右に曲がると、そこには一階と同じような部屋があった。おそらくここに史郎さんと理久くんがいるのだろう。


 私はそこを抜けて角を右に曲がると今までとは様子の違う、木製の観音開き式の入り口があった。私は普通にそこが気になり軽くノックをした。


 返事はなく、どうやら中には誰もいないようだ。ゆっくりドアノブを回すと鍵はかかっておらず、がちゃりと音を立てて回った。


「何してんの?」

 後ろから声をかけられ、私の体はびくっと震えた。心臓は小刻みに鼓動しそれに応じて息も上がった。私は恐る恐る後ろを見た。


 そこには紫外理久くんが立っていた。両手を頭の後ろで組み体を伸ばしている感じで立っていた。


「あ、えっと、ちょっと暇だったから屋敷を見て回ろうかなって・・・・」

 子供相手にびくついている私はとても恰好悪いと思った。かつてはそんな自分を変えたいと願ったこともあるけれど、結局それは大人になっても治らなかった。けれど仕方ない。小心者とはこういうものなのだと、私は既に諦めているから。


「そうなんだ。えっと姉ちゃんは確か・・・・」

 理久くんは私の名前が思い出せず少し気まずそうな顔をした。


「舞だよ。宮岸舞」

 私は昔から印象が薄いと自覚している。だから自分の名前を憶えていない少年を目の前にしても別にショックは受けない。冷静に再度名前を伝えるだけだ。

「そうそう舞ちゃん」


 でも年下にちゃん付けで呼ばれるのは少しショックだった。しかし別にそこまで気にならないし、気の良さそうな理久くんの顔を見るとそこに悪意がないことは確かだったのでわざわざ気分を害したりはしなかった。


「そこは確か本がある部屋だったぜ。別に元に戻しておいてくれれば勝手に借りてっていいってさ」

 私は理久くんに教えてくれたお礼を言って、ドアを開いた。

「俺も入っていい?暇なんだ」

 別に私の許可はいらないんだけどな……。そう思いながらも一応返事はした。

「いいよ」

 私はそう言って理久くんと一緒に部屋に入った。


 部屋の中は本棚だらけだった。そしてもちろん本棚には本だらけだった。二十畳はあろうかという広い部屋には、等間隔で重厚な本棚があり、本は種類によってきっちりと分けられているようだった。まるで小さな図書館だと私は思った。


 私は自分が読めそうな本を探して迷路のような狭い道を進んだ。しかしこの部屋にあるのはどれも難しそうなタイトルばかりで、一向に読もうと思える本すら見つからない。私と理久くんはそれぞれ反対の方向に行き、別れて各々好きな本を探すことになった。

そして部屋の奥、窓から入る日の光が決して当たらないような隅っこに、児童書や絵本、娯楽小説なんかがまとめて置いてあった。


 理久くんは私とは対角線上の隅で本を物色していた。どんな本がある棚なのだろうと思い見てみると、化学や物理、宇宙や機械系の分厚い本がある棚だった。


「理久くんは随分と難しそうな本を読むんだね・・・・」

「俺だって難しいとは思うさ。でもだからこそ読むんだよ」

 そう言いながら理久くんは、分厚く重そうな本を取り出しぺらぺらと流し読みをした。

「私だったら多分文章の意味も分かんないよ」

「俺もだよ。だから分からない言葉が出てきたら別の本で調べるのさ。その調べるための本に分からない言葉があったらまた違う本を使い、それにも出てきたまたら別の本を・・ってね」

 そんなことをしたら鼠算式に読まなければいけない本が増えてしまって、読みたいものが読めないのではないのだろうか。


「そうすれば、一冊読み終わるときには何冊もの本を同時に読み終わることになる。効率は悪いかもしれないけど、同時進行で知識が蓄えられるなら結構いいやり方だと思うんだよね」


 なるほど、と私は感心した。それは彼の読書の方法にではなく、その堅実さにだった。そもそもこの少年と私では意気込みが違うのだろう。私のようにただ怠惰な時間を過ごすために読むのではなく、この少年は本の中身を自分のものにしようとしているのだ。


 おそらくこれが、努力家というものなのだろう。

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