トリオノーツ
キジノメ
プロローグ
『売られた子供。お前はこの命令をこなさなければ死ぬだろう……』
咳き込みながら、少年は廊下を駆けていた。
非常に横幅のある廊下だ。床には厚い絨毯が引かれ、蹌踉めきながら走る少年の足音は一切しない。
左右には、少年が20歩程走った間隔ずつ、重厚なドアがある。間には蝋燭が煌めき、ガス灯と合わさってかなり明るく廊下を照らしている。
『繊細な花の彫刻がされたドア』
少年はそこに行かなければいけなかった。左右を見渡し、時に咳き込み軋む肺を抑えながら走り続ける。邪魔そうに頭を振れば、少年の髪からは水が滴り落ちた。よく見れば彼の簡易的な服はびしょ濡れで、絨毯には微かに足跡が残っている。
鷲の彫刻を通り過ぎた次のドア、ようやく少年は足を止めた。
まるでバラに花束がそこに埋まっているかのような、幾つもの花。彫りは非常に細かく、花びらの皺ひとつでさえ表現されている。
ここだ。
待ち望んでいた場所についた割に、少年の顔は疲れ切ったものだった。褐色の瞳は光を落とし、唇は軽く震えている。それでも彼は思いを捨てるように頭を強く振ると、重量感のあるそのドアをゆっくりと開けた。
部屋の中に滑り込む。部屋に飾られた蝋燭で照らされる、物の少ない部屋のその奥。
ひとりの少女がそこにいた。
一瞬少年は見惚れる。
光で淡くオレンジに輝く、真っさらな白い長髪。こちらを虚を突かれたように見つめる瞳はアクアマリンのように透き通った淡青色だ。肌は陶器のように白くて、こちらも灯りで輝いていた。
見惚れて、そして少年は彼女こそがターゲットだと気が付く。
少し彼は迷った。こんな人間に、これから行う行為は許されるのか。
けれど、そんなことを考えてもしょうがない。
彼は行為を進めなければ、決して許されない立ち位置にいるのだから。
──背に隠していたナイフを抜き、咆哮を上げながら彼は少女に走り寄った。
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