13.再会

 安政五(一八五九)年 春


 歳三から便りが届き、勝太と総司は喜んでその手紙を読んだ。

「おのぶさんの弟だろう?お前たちの様子からしてその歳三さんというのはなかなか面白い男のようだな」さくらは子供のようにはしゃぐ勝太と総司を見て、ほほ笑んだ。

「なんとなくね、姉先生に似てるんですよ」総司が言った。

「確かになあ。さくらとトシは仲良くやれそうだ」と、勝太も同意した。

 その話を聞いて、さくらは歳三の人物像に思いを巡らせた。自分に似ている、という点が少し引っかかったものの歳三がやってくる日を楽しみに待った。

 そして、その日がやってきた。

 総司や源三郎と道場の掃除をしていたさくらのもとに、勝太がやってきた。

 隣には、切れ長の目をした青年が立っていた。

 さくらの顔が青ざめた。

「さくら、源さん、紹介するよ。日野のおのぶさんの弟で、土方歳三だ!」

 その次の瞬間、勝太は異変に気付いた。

 総司と源三郎もさくらと歳三を交互に見た。

 さくらと歳三は唖然とした顔で互いを見ていた。

「なんでお前がここにいるんだ!」

 二人は同時にそう叫んだ。

「なんだ?二人とも知り合いだったのか?」勝太が不思議そうに尋ねた。

「薬売りって、おのぶさんの弟って…」

「まさか、父親が道場でって…」

「勝太!私は認めぬぞ!」

「なんでだよ?一体どうしたんだ」

「勝っちゃん、俺も前言撤回だ。やっぱりこの道場には入門できない」

「さくら、大人げないこと言うもんじゃない」源三郎がたしなめた。

「うるさい!とにかく私は気に食わぬ!」

 さくらはそれ以上その場にいたたまれなくなって、道場を立ち去った。

「なんなんだあいつは…」勝太がぽつりと言った。

「最初っから仲が悪いなんて」総司は笑い出しそうになるのをこらえるようにくっくっと肩を震わせた。


 さくらと歳三は初対面ではなかった。

 いつぞやさくらが町に出た時に、言い合いになった薬売りの少年。

 それが土方歳三との出会いだったのだ。

 ――よりによって、あいつが歳三だって!?何がいい奴だ、口の悪いガキではないか!

 さくらは外の空気を吸おうとそのまま散歩に出かけた。


「トシ、さくらと一体何があったんだ?」

 残された男たちはさくらのいなくなった方を見てぽかんとしていた。

「別に何もねえよ」歳三が吐き捨てるように言った。

「何もないのにあの反応は変でしょう」総司が至極まっとうなことを言う。

「そうだぞ。気になるじゃないか」勝太もたたみかけた。

「…前に、町で会ったことがあるんだ」

 歳三はつぶやくように言い、さくらと会った時のことを話した。

「うーん、それは…歳三さんが悪いですね」総司が言った。

「いや、さくらもさくらだ」と勝太。

「お互いさまだな」源三郎がまとめた。

「なんか、腹が立ったんだよ。俺が諦めたものを、女のあいつが本気で目指してるっていうのが。なんか、上手く言えねぇけど、とにかく胸糞悪かったんだよ」

 歳三はそう言うと勝太たちに背を向けてどかっとその場に座り込んだ。

「まあ、トシがそう思うのもわかる気もするが、あいつもあいつで自分が女だっていうのを結構気にしてるんだよ」

「そうだな。子供の頃はよく男に生まれてればよかった、みたいなこと言ってたな」源三郎が懐かしい、といった表情を見せた。

「だいたい、もうその時とは違って若先生と一緒に武士を目指して稽古することにしたんですから、もういいじゃないですか」総司がすっぱりと言った。

「そういう問題じゃねえよ」

「総司の言う通りだと思うけどなあ。お前から謝って仲直りしたらどうだ。これから一緒に稽古していくんだし」

 歳三はしばらく押し黙って、誰にも聞こえないように何かつぶやいた。

「え?」三人が聞き返した。

「俺は!…謝るってのは苦手だ」

「ぷっ…はははは!やっぱり歳三さんって面白いですね!」総司が笑った。

「総司!笑ってんじゃねえ!勝っちゃん、悪いけどここで世話になるのはやっぱりやめるよ。あの女の態度見ただろ?謝ったって無駄だよ」

「そんなこと言うなよ。さくらにはおれも話してみるからさ。皆で稽古しよう」

 歳三は押し黙った。

「とりあえず、俺行くよ」

「なんだ、もう行くのか?気をつけてな」勝太は少し戸惑いながらも歳三を見送った。もともと今日のところは試衛館に立ち寄ったのは行商のついでだったのである。

「姉先生も歳三さんも意地っ張りだから、簡単には仲直りできないんじゃないですかねぇ」総司がやれやれ、といった調子で言った。


 ほどなくして、さくらが戻ってきた。

 出迎えた勝太は、まあお茶でも飲もう、と縁側に座るようにさくらを促した。

「トシはあんな感じだけどさ、たぶん、言い過ぎたなーとか、ちょっとは反省してると思うんだよ」

「そうは見えないがな」

「とりあえず、トシが試衛館で一緒に稽古するのは認めてやってくれよ」

「向こうが謝ってきたらな」

「さくら、話は聞いたぞ」いつの間にかその場に現れた周助がさくらの前に座った。

「父上…お世話になっている彦五郎さんの義弟おとうとなのはわかっています。ですが、やはり私はあの者がどうも気に食わないのです」

「つまんねぇ意地張ってねえで、許してやれよ。それにほら、歳三がここで身につけた剣を道場破りで使ってくれたら、うちの売り込みにもなるじゃねぇか」

 さくらは黙り込んだ。悔しいが、周助の言うことにも一理ある。

「稽古だけ、だからな。それ以外、私はやつとは関わり合いにならん。勝太、説得しても無駄だからな」


 それから歳三は、なんだかんだと試衛館に入り浸るようになった。

 歳三は今までも薬の行商をしながらあちこちの道場で他流試合をしていたが、その姿勢は貫き、試衛館で寝泊まりしながら薬を売り、試衛館を含む方々の道場で稽古をすることにしていた。

 よって、正式入門という形はとっていない。

 そのことに対して心穏やかではなかったのが、意外な人物であった。

「門人になるならまだしも、うちは都合のいい宿ではないのですよ?」

 というのがキチの意見だった。

 台所仕事を手伝っていたさくらは、初めてキチと意見が合ったと思った。

 歳三のやり方はどうにも気にくわない。さくらの歳三に対する第一印象はいっこうに改善されていなかった。

「まったくです。やつは天然理心流をなめています。家業の薬売りがやめられないのはまだしも、他の道場も渡り歩くなんて。そんなふらふらしているようなやつに勤まる流儀ではありませぬ」さくらは、ふんっと鼻を鳴らした。


 数日後、さくらが道場に入ると勝太と歳三が稽古をしていた。

 二人とも真剣そのものの面持ちで、木刀を交えている。

 ――ふうん、他流試合で鍛えたっていうのはあながち嘘ではないのか。

 さくらは歳三の戦いぶりを見て、ぼんやりとそんなことを思ったが、次の瞬間ハッと我に返った。

 ドスン、音がして歳三が尻餅をついた。

「くそ…やっぱ勝っちゃんは強えな」

「まだまだお前にやられるおれじゃないさ」勝太は得意げな顔をした。そして、今さくらに気づいたように目をやった。

「なんだ、さくらも来てたのか。トシ、次はさくらと勝負してみたらどうだ?」

「はあ!?」さくらと歳三が同時に叫んだ。

「誰がこいつなんかと!」再び同時に叫んでさくらと歳三は顔を見合わせ、ぷいっと背けた。

「いい加減仲良くしてくれよ…」勝太があきれたように息をついた。

 さくらはまだ 座りこんでいる歳三を見下ろしながら勝ち誇ったように言った。

「いいだろう、勝負してやる。勝敗は見えているがな」

「お前が負けるってことか?」歳三がふんっと鼻を鳴らした。

「バカをいうな!本当に生意気なやつだな!」

「うるせぇ!いばってんじゃねえよ!」

「歳も剣術の経験もお前より上だ。いばって何が悪い」

「歳ったって一歳しか違わねえだろ!」

「二人とも、その辺にしておきなさい」勝太の一声で二人は黙りこくった。

「とにかく、勝負だ」さくらはそれだけ言うと、防具の用意をした。


「始め!」

 勝太の声が響き、さくらと歳三はお互いの動きを読み取ろうと視線を剣先に集中させた。

 先に動いたのは歳三だった。

「うらあっ」

 歳三の大きな振りは危うくさくらの面をかすめたが、一本には至らなかった。

 さくらは瞬間的に避け、二人は鍔迫り合いの格好になった。

 ―――なんて力だ。強いというか、ただの馬鹿力だがな。

 さくらは歳三に押し切られる形となったが、なんとか再び間合いを開け、様子を伺った。

 次の瞬間、歳三が振りかぶってきた。

「やああっ!!」

 さくらはそのわずかな隙をついて、歳三の首元に木刀の切っ先を突きつけた。

 歳三は「うっ」と声をあげると、その場にバタンと尻餅をついた。

「勝負あり!」

 再び勝太の声が道場に響いた。

「くそっ!」

 歳三はそのまま立ち上がるとどこかへ行ってしまった。

「ふん、口ほどにもない奴」さくらは面と防具を外して息をついた。

 勝太は歳三が走って行った方向を見やると、ぷっと吹き出し、やがて大声で笑いだした。

「あっはは!」

「なんだ勝太、何がおかしい」

「だって、同じなんだよ、お前がおれと初めて勝負した時と!」

 さくらもハッとその時のことを思い出した。

 そういえば自分も、勝負が終わるなり井戸に向かって走り去ったのだった。

「私はちゃんと礼もして防具も外してから行ったんだ。一緒にするな」

「そうだったっけかな?」

 さくらは防具を片づけると、すぐに素振りを始めた。

「おれ、トシの様子見てくるよ」勝太はそう言って道場を出た。

 さくらは返事もせず、素振りを続けた。

 ―― 一瞬、危なかった。

 さくらは振りかぶった時に、防具の奥に見えた歳三の鋭い目を思い出した。

 ――いい筋を持っていると思うのだがな。入門しないのなら致し方ない。あんな奴のことなど知らぬ。


 勝太は井戸端で顔を洗っている歳三を見とめ、くすっと笑った。

 ――やっぱり、さくらとトシはそっくりだな。

「なんだよ勝っちゃん、俺を笑いに来たのか?」

「そんなわけないだろ。ちょっと様子を見にきたんだ」

「そんならほっといてくれ。ほら、道場に戻れよ」

 勝太はやれやれ、と息をついた。

「おれは、お前とさくらは仲良くやれると思うんだがなあ。似通っているところがいくつもある」

「俺があいつと?んなわけあるか」

「まあ、似ているから余計に反発してしまうのかもな」

 歳三はしばらく押し黙ったあと、ぽつりと言った。

「ちょっと、出てくる」

 そう言って、歳三は試衛館を出た。

 それから数日間、歳三は試衛館に姿を現さなかった。

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