その門は……

双樹 沙羅

1話目

 気がついたら、僕は真っ暗な場所にいた。

 右を見ても左を見ても、ついでに上を見ても真っ暗。

 此処は何処だろう…………いや、その前に

 取り敢えず男であることは解るけれど、それ以外はさっぱりだ。

 記憶喪失、というやつなのだろうか。しかも、こんな真っ暗な場所で。

 どうしよう。

 とにかく、誰かに会わないと。

 そう思った瞬間、それまで誰もいなかったはずの場所に、白い服を着た少女が立っていた。

 真っ暗なのに白い服の少女の顔は良く見えて、にっこりと優しく笑っている。

「さあ、こちらへ」

 僕の返事も待たずに、彼女が歩き出す。彼女が一体何なのか解らないけれど、他に頼れる人もいないから僕は彼女の後を追った。

 少女の白い服と長い金髪がゆらゆらと揺れるのを見ながらしばらく歩くと、大きな門が見えてくる。

 薄く金色に光る、大きな門――何メートルあるのかも解らないくらいだ。

「さあ、門の中へ」

 白い服の少女に言われるままに、門の取っ手に手をかけようとすると。

「ダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 という声と共に、誰かに体当たりをされて僕は転がった。

 僕に体当たりをしてきたのはピンクの服の少女で、手には長い杖を持っていた。

 白い服の少女は僕を助け起こして、まるで庇うように僕の前に立つ。

「横取りするおつもり?」

 白い服の少女が言うと、ピンクの少女が弾けるように笑った。

「どの口がそれを言うのかしら。貴女達に権利はないわ!」

 ピンクの少女が凄むと、手にしていた杖が長い剣に変わる。

「どうしても、彼を門の中に入れるならば、私を倒してからになさい」

 そう言った瞬間。

 僕の前から、白い服の少女が消えた。

 場所を移動したんじゃない、その場からいなくなってしまったのだ。

「実力差くらいは解るようね」

 ピンクの少女が呟くと、彼女の剣が杖に戻った。

「あ、あの……」

「危なかったわね」

 優しく微笑む少女は、杖を高く掲げた。

 門の薄い金色など比べ物にならないくらいの、眩しい光が辺りを照らす。

「帰りなさい。貴方はまだ――だから」



*********************



 目を開けると、ぼろぼろ泣いている母さんの顔が見えた。

 母さん……なんで、泣いてるんだろう……。

孝明たかあき……良かった…………」

 タカアキ……そうだ、僕は高田孝明こうだたかあきだ……。

 年齢とか通っている学校とか友達の名前とか、全部思いだした。

 なんで、母さんが泣いてるのかは解らないけど。

 訊いてみたら、僕は倒れて一週間も目を覚まさなかったらしい。検査をしても特に異常は無く、だから手の施しようがないと告げられたばかりだったそうで、それは母さんがぼろ泣きしているのも仕方ないだろうなぁ、とのんびりと僕は思った。

 僕がいたあの真っ暗な場所は、きっとこの世とあの世の間というやつなのだろう。

 そして、僕を戻してくれたピンクの服の少女は、きっと天使だったんだ。

 天使だの悪魔だのを信じたことはなかったけれど、その時はすとんとそう思った。



*********************



 何もない場所に佇む杖を持った少女の横に、ふわりと青年が舞い降りた。

「わざわざ、お前がこのような所に来ずともよかろうに」

 青年に向けた少女の笑顔は、先程までとは全く違う物だ。

「だって、あのキレイな魂は、大きな絶望によって自害の罪に穢れる運命だもの。折角の御馳走、天界なんかに取られたくないわ」

「穢れる前に運命を歪めて天界へ迎えようなどと、天界の奴らも我等と大差ないな」

「そうね。ね、疲れちゃった」

「そう言うと思って、迎えに来たのだ」

 青年は少女を抱き上げる。

 黒い翼を広げた青年は、自分達の世界へ帰るために飛び立った。

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その門は…… 双樹 沙羅 @sala_f

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