罪の事情

藤和工場

第1話 覚醒

僕は夜が明ける夢を見ていたはずだった。

 黒、赤、紫、青、そして碧――真新しいパレットへ言葉を置いた瞬間に、それがどんな色なのかを思い出す。

 僕は、いつここで、眠ったのだろう。

 何度目の覚醒かはわからない。しかし、誰しもそんなものだろう。自分が産まれてから迎えた朝の数を覚えている者も数えている者も少ない。それを瞬時に計算して答えようとする者も、また少ない。同じく、いつ眠ったかなど、重要なものでもない。

明日の朝、また目が醒めると信じて眠ったのだろうか、という問いと同じ。その程度と思うことのほうが、よほど健全だ。

眠るとは、そもそも何なのだ――覚醒状態を正常とするのか、眠りを異常とするのか――それは生死のどちらかを正と位置づけるかに、よるのかもしれない。

または――脳が覚醒していれば、体は眠っていても、それは眠っているとは言えないのかもしれない。

答えのない問いは、自意識の目覚ましベルだ。

 二度、三度と瞬きをして、呼吸を意識して行う。全身にゆっくりと血液が流れていく様を想像して、手先、足先の指が自分のものであるかを確認する。そうしているうちに、ゆっくりと……ここがどこなのかを観察し、認識しはじめることにリソースを割く脳。

 そうして得た情報で、僕は空間を創る。

 天井は高い。色は白。継ぎ目は浅いようで、細かな凹凸があり、光の拡散を防いでいるのかもしれない。落ちてくる明かりの色は冷たく、天井に埋め込まれている。天井材とは異質なマテリアルのカバーが覆っているため、光源はわからない。

 目を這わす壁も白く、柱のでっぱりが見えない。壁全体が天井を支える構造をとっているのか。こちらの表面は磨き上げられた鏡面のように、僕の姿を映している。その擬似的な鏡によって、僕はベッドに眠っていると知った。ベッドは簡易なものではない。面そのもので自重を支える、住宅やホテル、そういう寝室に置かれるものと考えて良いだろう。室内には、その他に、白い簡素な家具――サイドボードがみられるだけだ。引き出しに何が入っているのかは、見ただけでの判別はできない。鏡面から得られる床の情報は、グレィ。継ぎ目は見つけられず、ピィタイルに似ているが、リノリゥムか、ただモルタルにでも塗装がされているのか……それは直接足先で触れなければ判断できないだろう。

 僕は世界の構築に不足している情報を自ら得るために、起き上がろうとした。体は苦悶を漏らしたが、わずかな意識のくらみだけで、上体を起こすことができた。長期間横たわったままではなかったようだ。一般的な眠りの時間だけ、僕はこうしていたのだろう。

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