bulkfiction, 1889

Un-known

第1話 詐欺師と銃天使

「速やかにを解体したい。それが我々政府の考えでございます」


 その建設会社社長の名を冠した世界最大の鉄塔を一望いちぼうできる、とある豪華ホテルで、その密合みつごう所謂いわゆる会合かいごう、中身は談合だんごうが行われていた。


 相手はフランスを代表する6つの金属解体スクラップ業社の代表達。


 大した話ではない。


 ただ、フランス政府の便箋びんせん偽造ぎぞうし、逓信ていしん省長官代理と署名サイン、それを送り付けただけだ。


「お忙しい皆様方にこうして集まっていただいたのは、我々はからなのです。政府はあの鉄塔が覆ってしまったパリの美しい青空を市民たちに取り戻したいのです」


 パリ万博ばんぱくも終わり、この巨大な鉄屑をどうするものか? と人々が唖然あぜんと見上げていた冬。


 作家のモーパッサンや、建築家のシャルル・ガニエ、作曲家のシャルル・グノーが「バベルの塔を想起そうきさせる、忌忌いまいましい愚行ぐこう」とル・タン紙に呪詛じゅその言葉を書き連ねたことは記憶に新しい。


 加えて、このバビロンの巨塔をした、最新建築学のすいを集めた鉄塔にかかる維持費を誰が面倒をみるのか? 修繕は誰がする? そもそも必要なのか?


 そんな疑問符クエスチョン・マークのオンパレード。神の怒りにれはしないかと、人々はおそれていた。バビロンの民がそうであったように、言葉が、いや、今度は言葉すら失って「?」「!」しか使えなくなるかもしれぬ、とおびえていた。


 無論、世論の声はフランス政府にも届いている。このあやうき建造物で国が分裂しては困るのだ。プロイセンの皇帝、『ヴィルヘルム』がこのチャンスを逃すはずがない。


 はそのすきを突いた。


 これは大もうけの匂いがする。しかも経費はホテル代と便箋びんせん6通、その切手代ですむのだ。こんなにお手軽なことはそうそうにない。


「あの建設にかかった国家予算は皆様もご存知でしょう。革命百周年記念のお祭り騒ぎも終わった今、我々政府はその解体に多くをかけられない」


 隣の銃天使ガン・バレット・エルはつまらなそうに、ほほふくらませている。女中パーラー・メイド姿でも、その高貴なオーラは隠せない。しかも、銀製トレーを抱える両袖りょうそでに拳銃が仕込まれているとは、この客室内の面々がつゆ知るはずもない。もしも、何かが起きた場合、天使の弾丸がその脳天を吹き飛ばすなどと誰が想像するだろうか?


 まあ、こんな、お遊びをしなくとも、金には困っていないのだが。


 英国の名門貴族である銃天使ガン・バレット・エルの実家、オーヴ家に電報でんぽう一つ打てば、即座にエッフェル塔など3つ、4つは建設できる金額が振り込まれる。


 でも、それは彼女が望んでいない。


 長年の軟禁なんきん生活、父親や兄弟とも仲が悪い。しかもオーヴ家のいしずえきずいた祖父------彼独りが孫娘を溺愛できあいした-----彼は別荘にて療養りょうよう中。祖父の心臓に驚かせるような電報でんぽうひかえたい。とはいえ、ネルソン提督の参謀さんぼうとして、大砲をまたがるような肝っ玉の持ち主だ。こんな些細ささいなことではビクともしなかろう。むしろ、若ければ、これを口実にドーバー海峡を越えて、大陸本土に砲撃を喰らわせるだろう。


 剣呑けんのん剣呑けんのん


 男爵は鼻で笑う。


 すべては男爵の責任にあった。「男爵」。祖父の残した爵位しゃくいを父が手放し、今はいつわりで名乗っている「爵位」。それをオーヴ家当主、銃天使ガン・バレット・エルの父が実際に与えてくれるというのだ。わたりに船だ。ペテン師稼業かぎょうはくがつけばつくほど、金の輝きもなお光る。バカンスに出かける娘の世話役を条件に、その看板が手に入るのだ。これほどの僥倖ぎょうこうはまずありえない。


 とは言いつつも、この銃天使ガン・バレット・エル、祖父が次期当主に指名したと噂される彼女は、とんだじゃじゃ馬だった。じゃじゃ馬ですむのか? じゃじゃケルベロスとじゃじゃオルトロスをまたがって、喜ぶような娘だ。とにもかくにも決闘好き。常に大量の拳銃を携帯し、ヒマさえあれば、その手入れにいそしんでいる。


 銃天使ガン・バレット・エルに銃弾をかすめた紳士は一人もいなかった。


 同時に、撃ち込まれた紳士は無数。しかも、致命傷ちめいしょうけてだ。


 男爵が無一文になったのは、彼女のせいでもある。


 ドーバー海峡の船上にて、決闘騒ぎさえ起こさなければ、エッフェルの造った鉄屑で、ちょっとした綱渡つなわたりにきょうずる必要もなかった。


 船上で二人の紳士と一人の荒くれ者を相手に、天使の舞バレット・ダンス。その優雅ゆうがさに、男爵を始め、ほとんどの人間が目を奪われたが、蛇の道には大蛇だいじゃひそんでいる。特等とくとう船室に置いてあった金目のものはあらいざらい盗まれてしまった。


 だから、こんな余興よきょうをする羽目はめになったのだ。


 銃天使ガン・バレット・エルも男爵に天使のキス弾丸見舞みまうことなく、渋々しぶしぶながら、こうして女中にふんしているのだ。


 男爵によるを聞いた名士どもは目をかがやかせている。


 金の色にありつけると、ね。


 もう何も言わなくてもいいくらいだ。


 連中から勝手に男爵てに賄賂わいろおくってくる。おそらくは小切手、あるいは貴金属。


 バレてもあとの祭りだ。エッフェル塔をスクラップにするなんて、馬鹿げた話に乗ってしまった。そんな情けない話を、連中が誰に打ち明けるというのだ。『名士めいし』の名が『笑士しょうし』の名に早変はやがわり。


 とどめに、こそりと一人ひとりに耳打ちをしておく。



 銃天使ガン・バレット・エルがイヤな顔をして連中を見下している。


 頼むから、お嬢さん。絶対に引き金を引くなよ。もう少しで、たんまりの金が手に入るんだ。それに俺は血が嫌いでね。


 わかったか、銃天使ガン・バレット・エル


 天使は、ふんと鼻を鳴らす。

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