第2話

「くっ――やっぱ信じられるかよ!」


 山田が叫んだ。


「異世界だぁ!? はっ、どうせドッキリだろ! つまんねーんだよ! 冷気ばっか出すなや! 死ねや!」

「アレを」


 兵士に淡々と指示を出す女神。

 山田の激昂をまるで意に介していない。


 しばらく経つとボロを着た男が部屋に入ってきた。

 鎖で両手を拘束されている。

 男の両脇には兵士が付き添っていた。

 ボロを着た男は不安げだ。

 兵士から槍の柄で背中を小突かれる男。

 男は前へ進まされていた。


「な、何あれ?」


 女子の一人が部屋の入口を指差した。

 震える指先。

 彼女の指が示すモノ。

 ボロの男ではない。

 それは、


 三つ目のオオカミ。


 …………。

 多分、オオカミ。

 ごつい首輪を着けている。

 オオカミはリード代わりの鎖で自由を奪われていた。

 ひと際体格のいい兵士が鎖を握りしめている。

 にしてもでかいオオカミだな……。

 色も奇妙だ。

 なんだあれ?

 金の瞳にワインレッドの毛並み?


「あのような獣は、あなたたちの世界には存在しないのではありませんか?」

「い、色塗ってんだろ!? 張りぼてのニセモンだ! ざけんな! 冷えんだよ! 死ね!」


 食い下がる山田。

 女神が視線で兵士に指示を送る。


「グルルルガルルルルゥゥ〜ッ!」


 ボロを着た男がハッとなる。

 何か察した顔。


「ひぃっ!? や、やめぇ――」

「ガァァアア!」


 ボロを着ていた男に三つ目オオカミが襲いかかった。


「きゃぁぁああああ――――ッ!」


 女子の悲鳴。

 そこかしこで悲鳴が続く。


「げっ――ぅ、げぇぇっ! おげーっ!」


 一人、男子が嘔吐。

 オオカミの爪が獲物の身体を切り裂いていく。

 襲われた男の叫び声が消える。

 男が動かなくなった。

 オオカミが男の身体に喰らいつく。

 牙を使いながら”食事”を始める。

 衝撃的すぎる光景。


 しかし、次だった。


 次に起こったことが、すべてを決定づけた。

 食事中のオオカミの方へ女神が腕を伸ばす。


「魔を祓いし聖なる炎よ、女神フェリカの名をもって、魔を焼き払う任を命ずる――」


 魔法陣っぽいものが女神の前方に出現。



「”神命の炎球ファイヤーボール”!」




 刹那、



 オオカミが火の玉に包まれた。



 白い炎。

 炎から抜け出そうとオオカミがもがく。

 が、もがけたのも一瞬。

 あっという間に燃え尽き、灰と化した。

 漂ってくる。

 焦げたニオイ。

 肉の焼けたニオイ。

 部屋の隅の男子たちが囁き始める。


「い、今のって魔法じゃん?」

「いや、魔術じゃね?」

「どっちでもいいよ……」

「てかこれマジで異世界っぽいな」

「女神さま、手っ取り早く証拠見せにきたなぁ〜」

「実際に目で見ると効果ありすぎ」

「つーか、ワクワクする〜」


 切迫さがない。

 なんだろう。

 つまらない日常から抜け出せた。

 そんな空気。


 一方の女子たち。

 中には泣き出してしまうやつもいた。

 恐怖でその場にへたり込んでしまったやつもいる。

ザマー


「いやぁぁ……っ」

「な、なんだったの今の?」

「CGだよね? トリックとかイリュージョンだよね?」

「うっ……肉の焦げたニオイ……気持ち悪い……」

「うあぁぁ……もう嫌だよぉ……帰りたいよぉぉ……」

「マジありえねー、ウケるー」


 一部、楽しんでいるやつもいるようだ。

 が、大方は悲観的。


 担任の鈴木は呆然としている。

 口をポカンと開けていた。

 あの有名な”真実の口”に似ている。


 桐原もさすがに驚いているようだ。

 ただ、怯えている感じはない。

 純粋にびっくりしている印象。


 山田は……悔しがっていた。

 目の前の出来事を現実だと認めざるを得ない。

 しかし山田は先ほど現実でないと食ってかかった。

 なのに結局、突きつけられた。 

 現実を――圧倒的な現実として。

 今は、それがただ悔しい。

 そんな顔だった。


 藤堂は汗をかいていた。

 おそらく冷や汗だろう。

 まぎれもなく動揺している。

 けど、動揺を必死に隠そうとしていた。

 彼女は今、泣き出した女子を慰めている。

 きっと大丈夫だから、と声をかけている。

 クラス委員の自分がしっかりしなくてはならない。

 そう思っているのだろう。

 藤堂は気丈だ。

 こんな時でも。


 田辺姉妹は、


「なるほど。私たちの住んでいた世界とは違う世界――あるいは惑星と考えるのが、現状では最善のようね。では、まずここが異世界だという仮定を起点として、思考と行動を作っていきましょう」

「こんな時でも、姉貴はさすがだよな……」

「これもメンタルトレーニングの一環と思えばいいわ。悲観や狼狽で時間を使うよりは、まずは目の前の現実を受け入れた上で、分析なり安全の確保なりに時間を使うのが最善と言えます」

「ちっ……やっぱアタシは、姉貴に遠く及ばないぜ……」

「トレーニングを積み重ねればこれはあなたにもできることよ、樹」

「わかった……やってみるよ、姉貴……」


 驚くほどいつも通り。

 マイペース、ここに極まれり。

 特に姉の方はすごいメンタルだ。

 微塵も動揺していない感じ。

 田辺姉妹はなんというか……もう別次元の存在だな。




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