第17話 変身ヒーローが異世界でハンターやる⑤

響き渡る咆哮。地響きと共に倒れ込む巨体。

刺し貫く酷なる槍ドゥヴシェフが貫いた外殻は閉じ、ドブッドブッと赤黒い血を吐き出している。


それは、マリア・アイゼンファウストが放った白魔術の極みだった。


城壁の狭間から解き放たれた光の槍は、灰岩殻地竜グリロティアードの首筋を正確に捉え、その分厚い外殻に深い亀裂を刻んだ。


赤黒い血が噴き出し、巨体が膝をつく瞬間、ゼードラの城壁内に陣取るハンター達の間から歓声が沸き上がった。


ダーマッドギルド長すらも、その一撃の威力に一瞬息を呑んだ。


「やったか…!?」


通路に立つ下位ハンターの一人が、興奮と安堵が入り混じった声で叫ぶ。

だが、マリアの表情は硬いままだ。

彼女は額に浮かんだ汗を拭うこともなく、歯を食いしばりながら横たわるグリロティアードを見据えていた。


確かにその一撃は有効だったはずだ。


血を流し、地に膝をついた巨竜の姿は、勝利を確信させるものだった。

しかし、マリアの胸には言い知れぬ不安が渦巻いていた。


グリロティアードの赤い瞳は、どこに向けられているかうかがい知ることはできない。

いまもまだゼードラに向けられているように思える。


次の瞬間。


血を流しながら、巨竜が大地を揺るがす様な咆哮を挙げた。

その巨体がゆっくりと首をもたげ、再び立ち上がろうと動き始める。


彼女の悪い予感は現実へと姿を変えた。


「まだ終わってない…!」


き渡る咆哮。地響きと共に大岩の様な尾を打ち下ろし立ち上がる巨体。

刺し貫く酷なる槍ドゥヴシェフが貫いた外殻は閉じ、その隙間からはドブッドブッと赤黒い血を吐き出している。

それは、マリアが放った白魔術の戦果だった。


城壁の狭間から、その戦いの一部始終を見守っていたハンターたちの間から、抑えきれぬ悲鳴が沸き起こる。

ギルド長のダーマッドでさえ、望遠鏡を握る手を強く震わせていた。


だが、マリアは泣き言も後退の姿勢も見せてはいない。


グリロティアード――灰岩殻地竜。その巨体は横たえた体をゆっくりと持ち上げ、ゴボゴボと血を流しながらマリアを見つめている。


そして彼女もまた戦う意思を捨ててはいない。視線は一点、赤黒いその瞳から離れなかった。


(まだ……戦える)


硬く歯を噛み締めたその表情は、油断など微塵も許さない闘士のものだった。


息が荒い。全身が軋むように痛む。

美しき大海が如き大盾オハンでブレスを防ぎ、刺し貫く酷なる槍ドゥヴシェフを通した代償は決して軽くない。

それでも、彼女は前線を離れなかった。

出会ったばかりのハンター夫婦のため、そしてケンスケの帰る場所を守る為。


「……ここで、退けない……」


そう口にして、構えた瞬間だった。


グリロティアードの口元がビクリと震え、地を這うような呻き声が空気を震わせる。


「ッ来る……!」


ブレスこそ放つことはできない。

彼女の一撃が、竜の排熱機関に損傷を与えたのだ。

だが、四肢は動く。

尾も、体重も――奴の巨体そのものが武器なのだ。

野生の竜はその有効性を本能で熟知していた。


ガアアァァァアッ!!


轟音と共に、グリロティアードが突進する。


「っ……!」


マリアは両手を交差させ、瞬時に盾を展開する。

灼熱ではない、質量による暴力が彼女を襲った。


轟く衝撃。踏み込んだ足場が抉れ、マリアの身体が宙に浮いたかと思えば、そのまま大地に叩きつけられる。


「がっ……く……ぅ……」


背中ら地面にたたきつけられ、肺から空気が抜け、身体が痺れる。


追撃。岩をも砕く巨大な尾が、横なぎに迫ってくる。

地を抉り、岩礫を巻き上げ、迫るそれを見たとき――彼女は動いた。


鍛冶師の猛犬が持つ盾はその槍に並ぶドゥバーン!」


咄嗟に展開した魔力の盾が尾の軌道を逸らす。

その余波だけでも吹き飛ばされる勢いだったが、彼女は耐えた。


「まだ……まだ終わってない!」


再び、掌の上に小さな魔力の刃を幾つも生み出す。

狙うは、甲殻の隙間。薄い部分。わずかな綻び――


その瞬間を待ちながら、盾での受け流しを繰り返す。


巨竜の咆哮と共に、口が開いた――。


(今!!)


刹那、マリアは一条の魔力の刃を放った。

閃光のように走る白の魔力が、まっすぐ竜の喉奥を穿つ。


かすかな破裂音と共にグリロティアードの身体がビクリと震え、そこから溢れるように血を噴いた。


巨体がよろめき、再び地面に崩れ落ちる。

地鳴りのような音と共に地面が揺れた。


「やった……?」


マリアは肩で息をしながらも、警戒を解いたわけではなかった。

ただ、これで終わって欲しいと、そう希望を抱いただけだった。


だが、その一瞬の油断を――野生の竜は見逃さなかった。


「――っ!!」


死角から迫る、大岩のような尾。

グリロティアードの一撃が、地を薙ぎ、彼女の身体を巻き込んだ。


「きゃああああっ!!」


土煙が舞い、数メートル吹き飛ばされたマリアが地面に叩きつけられる。


視界が滲む。脚が動かない。盾も、尾の一撃をまともに受けた瞬間に砕けていた。


――もう、立てない。


巨竜が再び咆哮を上げる。

喉を潰されながらも、重なり合った金切り声の様な咆哮は聞く者の戦意を奪ってゆく。

ゆっくりと呻くようにして前足を踏み出した。


迫る巨体。大地を揺らし、眼前の小賢しい獲物を仕留めるために。


「だめ……動けない……」


彼女の口から、悔しさとも、諦めともつかぬ声が漏れる。


グリロティアードがその尾を振り上げた――。


巨大な質量。岩すら砕くだろうその一撃が放たれようとしている。


――終わった。ケンスケさん、ごめんなさい。


自身の死を確信したマリアが目をつむる。


1秒・・・・


2秒・・・・


しかし、最後の瞬間はいつまで経っても訪れなかった。


不思議に思って、ゆっくりと目を開ける。


そこに飛び込んできた光景は、いつぞやの記憶を再現するものだった。


全身から圧倒的な力の波動を放ち、巨竜の前に立ちはだかる闘神のごとき後ろ姿。


「あぁ・・・・」


思わず嗚咽ともとれる息が漏れる。


その男――鬼崎ケンスケは、巨大な尾の直撃を、その身ひとつで――受け止めていた。


灼けた大地を踏みしめ、脚を軋ませながら、巨大な質量を両腕で支えている。


「すまないマリア。遅くなってしまった」


よくがんばったなと、尾の一撃を受け止めながら、ケンスケは慈しむようにマリアに声をかける。


(また、私を……守ってくれた……)


「ケンスケ……さん……」


マリアは、震える声でその名を呼んだ。


そのとき――


「マリアさーん!!」


側近くから飛び出してきた影があった。輝く金髪を風になびかせ駆け寄るのは――


エルだった。


「大丈夫っスか!? 今、すぐ回復するっス!!」


エルはしゃがみこみ、マリアの肩に手を添えながら、急ぎ回復魔術の詠唱を始める。

声には焦りが混ざっていたが、さすがはソロでハンターをやってきていただけあり、手元に震えなどは起きていない。


それが――ふと、ケンスケが立つ戦場を見て、目を見開いた。


「っ……ヤバいっス!ケンスケさんガチギレしてるっすよ!!

この距離にいたらマズいっスよ!」


「でも……ケンスケさんが……!」


「信じるっス!ケンスケさん、絶対やってくれるっスから!

だから、自分たちが足引っ張っちゃダメっスよ!」


そう叫ぶと、エルはマリアを懸命に支えながら、グリロティアードから距離をとっていく。


マリアが背後をかえりみる。その視線の先には、なおも尾の攻撃を全身で受け止め続けるケンスケが、巨竜と睨み合っていた。


ケンスケの口から誰に向けたでもない声が漏れる。


「・・・・復讐は正しくまさしく成されなければならない」


白い蒸気のような魔力を纏いながら、ミシミシとグロリティアードの外殻を握りつぶしていく。

痛みに竜が尾を振り回し、数歩後ずさる。


まるで信じられないものを見るように。まるで自身の死を予感して警戒するように。

傍若に暴れていた巨竜が、慎重にケンスケとの間合いを測っている。


ケンスケが喉の奥で嗤う。

さっきまでの威勢ははどうしたと。


そして、ひとしきり笑うと怒りに歯を食いしばった。


「ずいぶんと派手にやってくれたな。・・・そっ首、叩き落してくれる」


そして、爆発するような波動が地面を揺らし、灰岩殻地竜との真っ向勝負が幕を開ける――!




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